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  • DAISYコンソーシアム会長 @hkawa33 河村宏 さんのツイートまとめ 2011/03/03

    28日の浦河町地域防災フォーラムでのべてるの発表は、随所に、デイジーを見て、デイジーで、が飛び出した。グループホームごとに少しずつ避難経路と実写のデジカメ写真で作るマルチメディアの避難マニュアルを、べてるの人々はデイジーと親しみをこめて呼ぶ。  
    集中や理解に苦労が多いべてるの人々が、見て、理解して、正確に行動するための避難マニュアルの役割は重要だが、製作者への注文には難しいものが多い。長文はだめ、誤解の無い肯定文だけを使い、必ず図解や写真を入れて、正確な避難シナリオを、7分以内で見せる。

    浦河町内十数か所の共同住居や活動拠点それぞれに必要な正確な津波避難経路情報は、避難シナリオと写真と短文の画面構成が少しずつ異なる。冬の避難の留意点は夏のそれとは異なる。文の読み上げは聞きなれた仲間のしっかり安心できる声が良い。
    べてるの津波避難マニュアルは、避難訓練の時にデジカメ写真班を用意して実施し、訓練の際のスナップ写真でマニュアル中の写真を置き換えて完成する。次からは、グループホームから正確に避難する自分たちの姿を見ながら避難マニュアルで復習ができる。

    地震と津波はなぜ起きるのかから始まり、津波避難の必要性、自分たちの家で予想される危険、4分以内に標高十メートル以上に到達して安全確保という避難目標、一次避難場所と避難施設への経路、避難の留意点までを集中が持続する7分程度で示すには、マルチメディアが必要だ。
    紙に印刷した避難マニュアルには食いつかない人も、自分や仲間の写真には敏感に反応する。聞きなれた声が伴っていればなおさらだ。お客さんと親しみをこめて呼ばれる幻聴がある人の注意を喚起し、マニュアルの終わりまで集中させることにべてるのマニュアルは成功している。

    べてるはDAISYのコンテンツを自分たちで作ることに挑戦し、最初にテンプレートになるマニュアルの提供を受け、それに編集を加えて応用する技術の移転に成功した。編集には操作が簡単なDolphin  Publisherを用い、やなせたかしさんの津波マンの絵も使う。
    やなせさんの防災キャラクターは高知県庁を介して防災マニュアルに利用する許可が得られる。「4分十メートル」の避難行動目標は過去の記録や中央防災会議の資料を勉強した上で自分たちで決めたものだが、町や自治会と一緒に避難訓練する時にも皆に受けいれられている。  

    重い精神障害で苦労している人は、家庭で、職場で、地域で、孤立しがちだ。心配と不安は症状を更に悪化させるが、災害時の不安を開示できないで一層悶々とすることが心配される。苦労を周囲に開示することを基本とするべてるの防災の取組は、この問題の解決の糸口を示す。
    べてるが「4分以内に標高十メートル以上に避難」という目標を決める前は、町内の多くの人は丘の上のスポーツセンターに車で避難することを考えていた。べてるは学習会を重ねて「4分十メートル」で大丈夫という結論を出し、DAISY版マニュアルにそれを織り込んだ。

    浦河町の防災活動にべてるのメンバーが本格的に参加したのは2004年以来だが、今では町内の合同防災会議の主要なメンバーになっている。その理由は、夏冬・昼夜にべてるの活動拠点と共同住居で実施する津波避難訓練の実績だ。更に自立支援調査研究費が皆の背中を押した。
    障害者放送協議会は、2回にわたって障害者自身の防災への取り組みに関する講演会にべてるの家の代表を招いた。全国の自治体の防災担当者、保健所、社会福祉協議会、ボランティアセンター等に、べてるの地域と結んだ防災の取り組みはもっと知られるべきだと思う。

    津波避難マニュアルとしてのデイジーは浦河べてるの家のデイジーグループの自家薬籠中の物になっているが、DAISYの側もべてるによる活用から多くを学ばせてもらっている。その最も重要なものは、集中や認知に困難がある人への分かりやすい情報提示のノウハウだ。

    DAISYコンソーシアムのWebにあるUrakawa  Projectは、SMIL3.0を通じてEPUB3につながる。このプロジェクトは浦河町にちなんだもので、べてるのメンバーを含む浦河のすべての住民と旅行者の安全確保をユースケース開発の柱にしている。
    べてると共に進めてきたアクセシブルで分かりやすい津波避難マニュアルの開発は、今も続いている。私の浦河町訪問も60回をはるかに超えた。動画も含むことが可能な改定中のDAISY4=EPUB3がべてるのマニュアルを更に発展させると確信する。
  • プロレスと電子書籍 by 喜多野土竜 @mogura2001

    【プロレスと電子書籍】

    日本のプロレスはスッカリ下火になっていますが、まだ元気だった時代の話を。アメリカではWWE(オールドファンにはWWFまたはWWWF)が全国制覇しましたが、昔はニューヨークを中心とした弱小団体でした。全米的にはNWAが最大の団体で、他は弱小。

    自分たちの世代だと梶原マジックに乗せられて、NWA・AWA・WWFを世界三大タイトルなんて言ってましたが、実際はNWAが独占禁止法に触れないように、存在を見容認されただけ。アメリカは独禁法の縛りが強く、Appleが倒産すると困るのはMicrosoftと言われたのはこのため。

    そもそも、NWAは全米のプロモーター(興行主)の寄り合い団体。そこは日本の大相撲の地方巡業のシステムに似ていて、チャンピオンが全米をサーキットし、地元の英雄と戦うという構図。これに対して、代替わりしたWWFのビンス・マクマホン・ジュニアがケーブルテレビを利用し、攻勢に出る。

    ケーブルテレビの資金力と、ハルク・ホーガンという選手を獲得してWWFは人気を高め、もともと寄り合い所帯のNWAは勢力を弱め、内部ではジム・クロケットやフリッツ・フォン・エリックなど独自興行を打つ興行主が続出、さらに勢力減退。だがジム・クロケットもWWFに興業戦争に敗れる。

    しかしここで、WWFの隆盛を見て、CNNの創業者にしてメディア王のテッド・ターナーがクロケットの興行権を買収して、WCWが発足。こうして両団体は激しい興業戦争を開始する。さすがに資本力の差は圧倒的で、有力選手をWWFから引き抜き、ついにWWFの象徴のホーガンまで移籍する。

    視聴率戦争でもWCWが優位に立ち、WWFは苦境に。ここでWWFは視聴率戦争から一歩引き、まずはハウス興業の充実を図る。実際に会場に足を運び、金を払ってくれる客を大事にして、彼らが次の興業でも来たいと思わせるような、試合内容の充実を選手に要求し、マクマホン氏も陣頭指揮した。

    何をプロレスの歴史を延々語ってるんだと思った方、ちゃんと電子書籍と関係がある。テレビの視聴率を「単行本の売上」に、ハウス興業を「雑誌の一話ごとの読み応え」に置き換えれば、ここ10年の出版社の状況と、いろいろと通底する部分が見えてくるのではないか?

    ライバル会社の人気作家を引き抜き、それで単行本は莫大に売れ、会社に利益をもたらす。それはサラリーマンとしては正しい業績の上げ方のひとつではある。問題は、その作家(作品)に、ハウス興業に耐え得る訴求力、次の興行に客を呼ぶ力があるか(あ、興行をずっと誤変換してた!)。

    テレビの視聴者は、ほぼ毎回視聴しているので、前の興行でコイツが裏切って、今回はその制裁マッチが組まれたとか、かなり長いスパンで流れを追う。ハウス興行に来る客もその流れの人間は多いが、当然一見さんも多い。その一期一会の客の心を掴み、次に繋げられるかが重要。そこに熱が生まれる。

    ケーブルテレビを利用して一躍時代の寵児になったWWFは、苦境で興行の基本に立ち返って、ついにWCWとの興行戦争で、視聴率でも逆転する。WCWは内部的な問題を抱え、求心力を失い、また親会社のアイム・ワーナーの赤字部門切り捨ての方針によって瓦解。テレビも撤退し、WWFが買収へ。

    WWFがどの雑誌で、WCWがどこかの憶測は読む人の判断に任せるとして(笑)。1995年に漫画バブルが崩壊し、1997年に発行部数首位の座を奪われたジャンプは、Dr.マシリトのモデルになった編集長が新人育成に力を入れて、2001年に退くまでの間に、多数のヒット作の種を撒く。

    翻って、日本のプロレス。衰退の原因は、総合格闘技の慎重や、暴露本の問題など多種あると思う(個人的にはターザン山本排除の動きあたりで嫌気がさした)。日本のプロレスはテレビ依存で、地上波テレビがないと地方興行は難しく、テレビが付かない団体は多くが消えて言った。

    後の総合格闘技ブームを用意する、プロレスの格闘技スタイル導入の時期、日本にはその路線とはまったく別の、インディープロレスが生まれる。開拓者は剛竜馬のオリエンタル・プロレスだったが、これは短期で瓦解。大仁田厚のFMWが、真逆のキワモノ路線で一気にブレイクする。

    膝を壊して一度は引退した大仁田には、従来のプロレスは難しかったし、格闘技風プロレスはもっとムリ。そこでノーロープ有刺鉄線電流爆破超大型地雷爆破マッチのような行う。キワモノと揶揄されたが、このスタイルはハウス興行においては、大きな力を発揮した。いやハウス興行にこそ適していた。

    例えば、電流爆破をテレビで見ても、その爆発音はテレビの音量の限界以上は伝わらない。爆破の閃光も同じ。だが、会場に入れば爆破音は耳どころか全身を震わせ、閃光は網膜に残像を残し、息を飲むとなりの観客の動きさえも場を盛り上げる要素となる。これぞライブの力!

    もっとも、FMWはその後悲劇の団体になるのだが、そこは割愛。そうやってFMWがテレビという援助がなくても、興行で何とか黒字を出せる可能性(あくまでも可能性)を見せると、雨後の筍のように全国にインディー団体が乱立。こんなにもプロレスラーになりたい人間がいたのかというほどに。

    この状態、実は最近の電子書籍の動きにもちょっと似ている。テレビ局(出版社)という大きな後ろ盾がなくても、個人が少人数で、試合(作品)のクオリティーをのみ頼りに、自主興行を打てる可能性。ただ、現実は甘くない。インディー団体のエースは、かつてのメジャー団体の所属選手が多い。

    佐藤秀峰先生とか、やはりメジャーな出版社のメジャーな雑誌でヒット作を飛ばした実績(と資本金)がある。まったく無名の新人が徒手空拳、作品のクオリティーだけで売れるのか? 現在のヒット漫画家のように単行本が出るたびに数千万円以上の印税が入る状態を売れると規定するなら、まずムリ。

    ただ、己の身を養い、好きなことで何とか食っていくだけなら、可能かもしれない。そこで参考になるのが、みちのくプロレス。地方興行を考えるなら、テレビが付かないとプロレス興行は地方では苦戦する。第一次UWFも、これで苦戦した。都市部で破客が入っても、地方では難しい。

    だがそれは、地方巡業と年間200試合いう力道山の時代のスタイルに固執して、パラダイムを転換できなかったせい。地方を切り捨て、大都市圏で大きな興行を打ち、黒字を出すという方向にシフトしたのが第二次UWF。他のインディー団体もそれに習ったが、みちのくプロレスは逆を行った。

    名前のとおり東北を主戦場とし、小さな公民館や体育館を借りての興行。客は何十人から、多くても300人レベル。それではとても食えないと思うかもしれないが、例えば格闘技興行のメッカ・後楽園ホール(JR水道橋・約2000人収容)と比較してみればいい。

    平日9時から22時の間、6時間で63万円。土日祝の16時から21時の使用は102万9000円。これにいろいろとオプションが付く。それでも交通の便も良く、確保するのは簡単ではない。ところが、東北の公民館や体育館は、5千円とか1万円とか、時には好意で無料とか。この差は大きい。

    もちろん、それでも興行は大変だが、近場の町村で興行して移動距離を短くするとか、工夫次第でいろいろ可能。加えて、みちのくプロレスのスタイルは、空中殺法を主体としたメキシコのルチャ・リブレがベースなので、一見さんにも分かりやすく、楽しい。親子で楽しく観戦できる。

    会社を起こしたグレートサスケは、岩手の進学校を卒業していて、地元に伝手もある。よく調べたら、牛しかいないように見える東北の寒村でも、数百人レベルは人口があるので、娯楽が少ない東北ならば、受ける可能性はある。またメキシコ修行時代、そういう小規模会場での興行も経験した。

    冷徹な計算と、メキシコでの経験、支えてくれる仲間たち、地の利……様々な要因が重なって、みちのくプロレスは船出に成功。ここら辺が、電子書籍を考える上で、ヒントになるのではないだろうか? 現行の出版社と敵対したり取って変わるものではなく、身の丈に合った食い扶持の確保と。

    みちのくプロレスも初期では苦戦したが、横のつながりでFMWの試合にゲスト参戦したり、ジュニアヘビーを盛り上げたいという思いがメジャー団体の新日本プロレスの獣神サンダーライガー選手を動かし、ジュニアヘビー級のインディ団体の選手が多数参加するワンナイト・トーナメントを開催する。

    そうやって世間の耳目を集める事で、インディー団体の選手にもスポットを浴び、地元に戻っての興行でも観客動員がプラスに働く。この後、みちプロは看板選手の怪我や内部分裂とか紆余曲折があるが、パス。少なくとも、電子書籍を開拓したい作家と、出版社の関係において参考になるのではないか。

    例えば漫画onWebから出てきた才能に対し、出版社側からのアプローチがあれば『出稼ぎ』に行ったり、肌が合えば『移籍』したり、やはり出版社の縛りを離れたテーマを描きたいので電子書籍に腰をすえるとか、選択肢が柔軟にあってもいいのではないか? ウィンウィンの関係を模索できればい。

    もちろん現状は、紙のほうで実績がある作家が電子書籍へという方向のほうが主流。同人誌からメジャー誌へという流れが多数派にはならなかったように、電子から紙への流れは、それほど大きくはならないだろう。経由地は変わっても、才能の絶対量はそうそう変わらないものだとも思う。

    ただ、出版社の編集が作家を育てるノウハウを継承・確立できず、同人誌やエロ系から即戦力スカウトし、編プロの育てる能力のある人間を正社員登録している現状では、電子書籍の方で吉本興行の育成システム宜しく弱肉強食の中で生き残ったものをスカウトする形式は、メリットもある。

    もちろん、そこから育つ作家は、ジャンルや内容に偏りが生じるし、ニッチな市場には訴求しても、大衆には届かないマニアックなタイプが増えるだけという危険性がある。ただ、そこを踏まえても、やる価値はあると思う。ただし、やるなら吉本興行の育成システムを参考にすべきかと思う。

    吉本の場合は、新人に場を与えて、そこから実際に観客に受けた人間が生き残っていくシステム。ただ、それだけではない。昔は芸人は、師匠に弟子入りして芸を学び・盗み、育つもの。ところが吉本はそれを解体し、学校教育システムを構築した。ダウンタウン以降、そのシステムは成功している。

    旧来の徒弟制度が、原稿をシュレッダーにかけて作家の奮起を促し、作家も応えるという情のつながりであったのに似る。ただ、一色先生も言うように、頻繁に人事異動がある出版社のシステムでは、そういう徒弟制度的な作家と編集の関係は構築しづらい(ただしジャンプ系は比較的長く在籍する)。

    3年から5年の短期で人事異動で動かされるなら、ジックリ新人を育てるより、他社から人気作家を引き抜くほうが、少なくとも単行本売上という点では実績になる。総合出版社では人事異動のシステムは簡単に変えられないなら、他の畑からのスカウトは必然である。ならば、畑と連帯も可能なはず。

    漫画onWebやそれに類する電子書籍発表の場が、吉本総合芸能学院(NSC)的な機能を持ち得れば、出版社と連帯しての関係も構築できるかもしれない。その試みに近いことは、佐藤先生と一色先生共作のネームの修正過程を公開して、すでに行ってはいるが。

    残念ながら、編集崩れが電子書籍会社を起こしいろんな作家に声をかけまくって、一山当てようとしても、難しいと思う(実際そういう怪しい勧誘は多い)。作家育成は名人芸的なもので、既成の作家を利用できても、新人は育成できない。育成できないと、将来的には先細りになるのは確実。

    例えば、専門学校のマンガ学科では、有名出版社の編集長クラスを招いて、講演してもらうことが多い。ところが、先月の編集長が否定していた手法を目の前の編集長は絶賛し、翌月の編集長はまた違うことをいい、混乱した経験がある投稿者は多いだろう。それぐらい、名人芸なのだ。

    個人的な作家育成システムを提案するなら、2年ぐらいのスパンで教え、最初の1年は概論を教え、次の一年は自分と価値観を共有できる先生をチョイスするゼミ形式でないと、難しい。まぁ、コレも一種の徒弟制度。投稿者の場合はいろんな出版社に持ち込み、相性の合う担当を探す作業をするのだが。

    けっきょく出版社のシステムの良いところは、ダメ編集も含めていろんなタイプを抱えることで、打率の高いタイプや一発のある対応、守備だけは凄いタイプのように、「ムダを飼っておける基礎体力」にある。ここら辺は中国戦国時代の政治家・孟嘗君の、『鶏鳴狗盗』の故事と同じである。

    会社に体力がある内は、ムダも抱えられるが、会社が売れる根拠を求め、博打的な出版を認めなくなると、編集者は堅く堅くしか動けなくなる。長期的に見れば、そこは損失になる。だが、未来の損失は未来にならないと、証明できない。一部の優秀な編集が、呼び屋と聞かせ屋を育てることで対処する。

    最後に。一度は潰れかけたAppleが、直営店で日銭を確保し、対面修理で顧客のニーズを聞き、情報を自分から発信した手法は、WWFとWCWの興行戦争にも似る。今Appleは好調だが、また冬の時代が来るだろう。その時はやはり、本業における王道・本道に回帰する意志が重要ではないか?

    ー了ー

    2011年1月9日  
     喜多野土竜  @mogura2001  
     http://twitter.com/#!/mogura2001
  • 電子書籍と出版の未来 by 喜多野土竜 @mogura2001

    Twitter  ではときどき瞠目すべき論考と出会うことがある。
    喜多野土竜  @mogura2001  さんが、60連投で「電子書籍と出版の未来」について語っているのに引きこまれた。
    お気に入りにチェックするだけではもったいないので、このブロブで備忘録に残すことにした。

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    【電子書籍と出版の未来】
    出版は不況に強いと言われる。戦前、不況でも羽振りが良く、そういうイメージが出来たらしい。実際、バブルが崩壊して以降も出版社の業績は上がり続け、1995年ごろまで伸び続けた。しかし、以降は右肩下がり。このため、出版社は出版点数を増やす事で穴埋めしようとした。

    下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの時代から、販売部から売れる根拠・確実に売れるコンテンツを求められ、実績のあるベテラン作家の文庫本や再編集本が大量に投入され、コンビニには廉価本が溢れた(これはBOOKOFF対策もある)。しかしこれは一種の蛸の足食い状態。結果、新人が割を食う事に。

    最近はそうでもないが、平成も一桁代の頃は出版社には「一度上げた原稿料は下げられない」という不文律があり、漫画が超優良の成長産業だった頃にガンガン原稿料が上がったベテランは、原稿料を下げられないので切るしかないという、変な状況があった。もっとも雑誌の看板作家はそうはいかない。

    結果、看板作家はゴネれば原稿料が上がり、中堅作家が切られ、新人の原稿料が昔ほど上がらないという状況が生まれた。ただ、あるベテラン作家は同世代の作家の中ではかなり知名度があるのに、原稿料が相場の3分の1。調子に乗って原稿料を上げて切られた仲間を見てきたから、上げないとのこと。

    そういう自己防衛をする作家は一握り。文庫本や廉価本の収入も併せて、業界内の老若の格差が広がった。しかし、どんな業界もそうだが、新しい血が入って来ない世界は淀み、廃れる。才能を発掘できず、安かろう悪かろうとわかっていても、比較的原稿料が安い中堅作家に頼った本作りでは限界。

    元々、漫画というのは雑誌で売って利益を出すものであり、原稿料は安いものだった。それは『ゲゲゲの女房』で描かれた貸本時代から売り切り雑誌への過渡期の時代もそう。漫画は読み捨てるものであり、原稿の扱いも書き捨てる物だった。出版社見学にきた子供に、生原稿をあげるという行為も普通。

    ところが元小学館の社員が独立、雑誌に連載された作品を単行本としてまとめて売りたいと申し出て、そんな一度読んだ物が売れるはずがないと小学館も了承。こうして、秋田書店からサンデーコミックスが発売。『どろろ』や『鉄人28号』が同レーベルなのはこのため。ところが、これがバカ売れ。

    結果、他社も独自のレーベルを立ち上げ、単行本販売に力を入れる。そして、漫画の収益構造が変わってしまった。単行本で莫大な利益が出るため、雑誌は赤字でもいいという構造になり、漫画家の原稿料もあがる。こうして、90%以上売れないと黒字が出ない・完売しても黒字が出ない雑誌が増えた。

    この構造の変化は、音楽業界と一部似る。本来はライブの演奏で日銭を稼ぐのが芸人の在り方だったのに、ラジオ(後にはテレビも)で楽曲を流してもらって、レコードの売り上げがメインとなるという状態。それでもプレスリーはライブを大事にしていたが、ビートルズのあたりで、大きく転換する。

    ビートルズに限らないが、時代の代表として生声とレコードの差を指摘された。またコンサートもファンの歓声で歌がほとんど聞こえないという状況に辟易し、アルバム制作に時間をかけ、ツアーは何年もストップという状況が、多くのアーティストで見られるようになる。良い悪いではなくそう変化。

    ビートルズは特殊な事情があったが、後続がスタイルを真似する。漫画家も「単行本で修正すればいいや」という慢心(より完成度を高めようと手を加えるのとは別)が生まれて、ライブの場の雑誌が荒れても、気にしなくなった。でも、そういう幸せな時代も、レコードや単行本が売れなくなると……。

    音楽業界の場合は、何百年もある出版業界と違って、狭い意味では新興勢力。そういう意味では、わりと出版業界の先駆となっている部分がある。CDの登場によるデジタル化とか、一部の好事家が音質の違いを言い立ててレコードを擁護しても、世はCDになったように、出版もDTPが主流に。

    また、iTunesMusicStoreの登場で、ダウンロード販売の方への移行もわりとスムーズ。細かい部分では異論もあろうが、少なくともレコードが売れない時代は出版に先んじてた訳で、アメリカと日本の流通形態の違いもあって、楽曲のダウンロード販売は拡大の一途。でもここで問題が。

    映画評論家の町山智浩さんがアメリカの音楽事情を『ストリーム』などで語っていたが、アメリカでも若手はヒットが出てもなかなか儲からない構造が出始めていると。音楽レーベルはそれなりに設けても、創作者や表現者には還元されない構造。これは日本の漫画業界も同じ(一部の人気雑誌以外)。

    アメリカの場合、例えばプリンスはCDはもう無料でバラマキ、代わりにライブで収益を上げるという構造を選択した。でもこれって、本来の芸能で身を立てる物の正道でもある。世界一アルバム(スリラー)を売ったマイケル・ジャクソンが、ツアー再開の矢先に急死したのは、時代の変化の暗示か?

    例えば、落語。若い人にはピンと来ないかもしれないが、かつては娯楽の王者だった。江戸には数百件の寄席があり、落語家はそこを梯子して演じていたが、今は新宿末広亭・池袋演芸場・上野鈴本などしかなく、広小路亭や両国寄席など定席でないものも含めても少ない。

    定席に出られるのは基本、落語協会と落語芸術協会に所属する落語家だけ。寄席の出演料は安く、ハッキリ言って儲からない。落語家としては独演会や、司会などの営業の方が儲かる。だが、新人が育つ場としての寄席は必要なので、寄席の経営者(席亭)は協会の幹部と協議し、人気落語家を入れる。

    昔、落語協会が分裂する騒動があったが、分裂した側の副会長であった古今亭志ん朝師は、新協会が寄席から閉めだされたため、それでは弟子を育てられないと、落語協会側に頭を下げて復帰。三遊亭圓生の一門は意地を通し、独演会や営業の方に力をいれるが圓生が急死。他の弟子は協会に復帰した。

    だが、圓生の一番弟子だった圓楽は復帰を拒み、円楽党として活動を続ける。若手育成の場として、『若竹』という寄席を経営するが、後に閉鎖の憂き目に。だが、後に協会分裂を画策した張本人とされる立川談志師は協会から脱退、立川流を設立する。立川流は独自の寄席経営には乗り出さなかった。

    これは、談志師がかつて寄席経営の経験があり、旧来の寄席による新人育成システムの限界を感じていたためか。立川流はこの時、立川志の輔という稀有な才能を得て、寄席システムに頼らなくても食っていける落語家のシステムを、模索し成功する。志の輔を手本に、談春・志らく・談笑の俊英が出る。

    寄席若竹を閉鎖した円楽党だが、笑点という場を確保していたため、両国寄せを中心とした活動でも安定して若手を育成している(自分の好みではないが)。立川流も、日暮里と上野広小路で定期的に一門会を開いているが、基本的によせえの教習を持つ古参の弟子と若手が中心。

    さて、長々と落語の噺をしたのは、漫画業界の構造とやや似ているため。漫画家も、世に出るためには雑誌などに作品が掲載されないと難しかった。出版社などを通して全国流通させないとダメなわけで、無名の新人作家は人気作家が多数執筆し、それなりの部数がある雑誌だからこそ注目してもらえる。

    人気落語家が出演するからこそ客は寄席に足を運び、そこで意外と自分の肌に合う若手や、将来性のある前座を見つけ、彼らの贔屓になり独演会などにも足を運ぶ。寄席が雑誌なら、単行本が独演会(同人誌は営業か?)。ところが、中堅出版社はもちろん、大手出版社でもこの構造が壊れつつある。

    単行本の収益を重視しすぎたあまり、一話ごとの読み応えは低く、単行本でまとめて読んでようやく面白い作品が量産され、一話完結型の難しい作品作りが敬遠された(書き手としても毎週引きを作る作品作りのほうが、一話で起承転結付けてアイデアも必要な短編やレギュラーストーリーは大変)。

    現在のマンガ業界では、確実に数が見込めるオタク向けの雑誌作りが多く、けっきょく単行本型のビジネスモデルに依存している。だが本来、来週・来月もその本を買おうと思わせる作品を大切にすべきなのだが、雑誌は赤字で当然というスタイルに慣れてしまい、単行本重視の本作をする。

    これは、編集の現場を知らない営業販売の圧力もある。「単行本は売れなくても、雑誌に読者をつなぎとめる力がある作家」というのは、数値化しづらい。販売部にとっては、発行部数10倍の作家は、10倍エライとなる。だが、新人育成というのは、そんな単純なものとは、自分は思わない。

    例えば、ある出版社が利益率の悪い少女誌を廃刊にした。同じ漫画家が描いても、単行本の売上が5倍から10倍も違えば、そう判断しても無理は無い。だが、単行本は買えなくても雑誌は買える小学生読者が、中学高校になり、その出版社のもうちょっと上の層向けの女性誌を買い、単行本を買う。

    彼女らがもっと成長すればレディースに移行するだろう。これは男性読者の、幼年誌→少年誌→ヤング誌→青年誌 という生態系も同じ。赤字部門を切り捨てたと喜んでいても、長い目で見ればボディーブローのように出版社に効いてきて、読者離れを起こしてしまう。寄席のシステムは、そこを避ける。

    寄席の場合は、演者の出演料を抑えることで成立する。演者の側も、かつて自分が育ててもらった場に対する恩返しとか、新規の顧客獲得という意味合いもあり、そこは割り切る。自分が主任で、客を呼ぶという自負もある。だが、漫画の場合は寄席と独演会の出演料が一緒になってしまっている悲劇が。

    大学の後輩の祖父は、高名な芸人だったが、地方営業なら興行主お任せなら1回数十万のギャラを得ていたとか。それでも新宿コマ劇場の演歌歌手の舞台公演では、1か月拘束されて芝居に歌にと大変でも、地方営業1回のギャラよりも安くても受けたと。落語家以外の芸人の、寄席的意味があるから。

    ヤングサンデー休刊決定時、ゆうきまさみ先生が、作品発表の場がなくなるぐらいならば、作家側にちゃんと交渉すれば原稿料引き下げに多くが応じたはず……という意味のことを語っていらしたが、ここら辺は先に書いた作家の原稿料は下げられないという不文律の影響。大手では、メンツもある。

    ガロのように、原稿料はなくても作品発表の場と割りきって、執筆する場もあったが、特殊な例外。落語協会の場合は団体として会員の利益を守る場であり、それが寄席と関係を構築しているが、漫画家は基本一匹狼。雑誌のために安い原稿料に甘んじる自己犠牲を求めるのは、ムリもある。

    ゆうき先生の発現に、自分と同じ出版社勤務経験のあるフリー編集が、「まず圧縮すべきは明日をもしれぬ原稿料じゃなく、高額な社員の給料」とつぶやいたが。ヤンサンは潰れ、一部の人気作家は移籍し、一部の作家は仕事を失い、社員は誰も馘首されることなく、配置転換。それが現実。

    歴史あるラジオ番組が打ち切られたとき伊集院光さんが、人気があるのにスポンサーが付かないので番組打ち切りなら、スポンサーを取ってこれない営業の人間はクビにならないのかと皮肉を言っていた。まさにそれと同じ状況。明日にも才能がなくなるかもしれない漫画家に、自己犠牲は求められない。

    出版社の弁護もしておくと、出版事業というのはリスクが高い。460円の新書1万部を10点出版しても、莫大な金がかかる。その売上が入金されるのは数カ月先なので、本を作って売って回していくには、基礎体力とリスク回避のための慎重策は、批判できない。会社が潰れれば路頭に迷うのは同じ。

    文句があるなら、作家の側は自分でリスクを負って、自分で本を出版しろという事になる。だが、作品を書く能力と出版社を経営する能力は、また別。小説家では菊池寛の文芸春秋社、漫画家ではさいとう・たかを先生のリイド社ぐらいが、作家が起こした成功例の数少ない例だろうか。

    実際、リイド社は『ゴルゴ13』は単行本にしても売れないと小学館側に判断されたため、さいとう先生が自分でリスクを負って作った会社。作品自体も早くから分業制を導入したように、さいとう先生はマネージメント能力に長けていたのだろう。出版社を作って失敗した漫画家は、けっこう多い。

    電子書籍の登場で、作家の側にも動きが。代表例が、佐藤秀峰先生の試み。ただ、出版社の側には怨嗟の声もある。寄席で育ててもらった落語家が、人気が出たら独演会と営業ばかりやるようなものという批判も。ただ、これは佐藤先生が新人育成にも乗り出したことで、的外れになったけれど。

    藤秀峰先生やうめ先生の電子書籍における試みは高く評価するが、一抹の不安もある。それは、やはり編集者的な視点と作家の視点は違う。作家は作品作りのスペシャリストであるが、そのスペシャルな部分は偏る。得意ジャンルなら的確なアドバイスもできるだろうが、畑違いには難しい場面も。

    作家個人が電子書籍で自分の食い扶持を創出することはできても、漫画文化の継続的な維持発展のためには、新人発掘と育成はできない。佐藤先生のような場を提供しても、セルフマネージメントができて才能がある作家以外は、自分がどこに躓いているかわからず、消えてしまう。立川流の問題に似る。

    立川流では志の輔・談春・志らく・談笑と、本格派あり爆笑派ありと人材が育っているが、それ以上に消えていった人間は多い。才能とそれを活かす方法をしる人間はポーンと出てくるが、そうでない人間は厳しい。才能ある一握りで充分じゃないかと意見もあるが、それはちがうと思う。

    落語では「呼び屋」と「聞かせ屋」という言い方があるが、一般の客を寄せに呼び込む人気者と、そうやって来た客に、落語って面白いだけじゃなくて悲しさとかペーソスとか人間の薄ら寒さ、怖さもあると気づかせる力量のあるタイプが必要。他にも多種多様な個性があってこそ、全体が活きる。

    なので、作家が出版社を立ち上げて継続的な漫画文化を育てようと思えば、資本はもちろん、多様な作家に対応できるゼネラリストとしての編集が必要。それだけでもまだ不足で、HONDAにおける藤沢武夫的な、営業や財務畑でサポートしてくれる人材が必要。佐藤先生に、そういう参謀はいるのか?

    出版社に関しては、既得権益を手放せない大手はともかく、中小は身軽に動ける。写植の時代、写研にシェアを奪われていたモリサワは、DTPのフォントに賭けるしかなかったが、結果的にそれが現在の隆盛につながり、不正確な表示しかできないとDTPを嫌った写研は時代に乗り遅れた。

    実は電子出版、日本はアメリカよりも既に市場は大きい。特にエロ漫画。規制が激しい紙に比較して、緩めのネットの世界にワニマガジンや竹書房は早い時期から進出し、けっこうな売り上げを叩き出している。大手はそこにシフトできないうちに、中小にはチャンスがある。モリサワのように。

    紙の出版では基礎体力が必要だったが、電子出版なら小資本でも可能。この場合の資本という点で重要なのは、実は在庫を維持する倉庫。大手出版社の倉庫を見学すれば驚くが、広大な土地に高校の体育館より巨大な建物が立ち、何十万冊という在庫を維持管理し、出荷する。それがいくつもある。

    一度刷った紙の本は、それを維持するだけでも莫大なコストがかかるが、電子出版ならそこが不要。そこに可能性がある。なので、これから出版社では、才能ある作家を抱えた編集者が独立して商売を始めるか、能力がある編プロが反旗を翻す自体が増えると思う(今までも結構ある)。

    会社がリストラしようとすると、フリーでもやっていける自信がある有能な社員が早期退職に応募してしまい、辞めてほしい無能社員は、行き場がないことを知ってるのでしがみつくという構造が、これから生まれる。出版社の側も、作家以上に編集の人材育成が今後の存亡を左右する気がする。

    ところが元出版社の中の人であり、業界をうろついてる身として断言できるが、有能な編集を育てるノウハウは、実は無い。編集個人の生きてきた背景や個性が状況に合致して、生まれてくるもの。一種の名人芸的なものではないかと思う。結果、大手ほど編プロに頼り、有能な編プロから正社員登用と。

    もちろん、大手には大手の伝統や蓄積があり、流通の強みは圧倒的。本は、取次会社という所を通して全国に配本される。出版社がいくら刷っても、取次が受け取らなければ倉庫で腐らせるしか無い。全国の本屋は2万5000ぐらいあったのが、今は1万5000ぐらいか。しかしコンビニは増加中。

    大手は社員数が多い上、やっぱり元々が高学歴で能力が高いため、出会い次第で優れた才能を開花させる編集は多い。目先の売上にこだわって、受け幅が狭い編集者って、中小のほうが比率は多いかも。なので、大手は大手で紙のほうの利益を維持するし、時期が来れば電子にも本格参入するでしょう。

    では、電子書籍の未来とは? たぶん、芸人としての漫画家の生き方の選択肢になりえるかもと。今は、やっぱり大きな流通を考えた展開とかを夢想しがちだが、それには作家個人や編プロ集団では、難しい。組織が大きくなれば、理想より組織維持が自己目的化する。ただ立川流的な生き残り方も可能。

    全国に雑誌を流通させるためには、昔は2万5000分以下の部数は輪転機が少部数用の特殊な物になるため難しいと言われたものだ。文芸誌は、出版社の意地で出してるとも。それは今も変わらないが、現在は1万部を切る雑誌もけっこうある。それでも単行本はそれなりの部数がないと配本されない。

    弱小出版社なら初版3000部なんて部数もあるが、それにしてもそこが伝統があって取次との関係があるからこそ、その部数でも引受る。5000部以下の本は、出版社が小さすぎても大きすぎても、流通に乗らない。事実、自分の尊敬する漫画家は、デビュー20年だが、単行本が一冊も出ていない。

    だが、例えば下関のネットラジオ『くりらじ』は、月額525円で科学解説番組『ヴォイニッチの科学』を配信した。配信三ヶ月ぐらいで登録1000人オーバーしたといってるので、今はもっと多いはず。525円で1000人なら、52万5000円。配信会社の取り分もあるが、悪くない数字。

    大手なら箸にも棒にもかからない3000部作家でも、例えばそれを月額500円で定期購読してくれる1000人の読者がいれば、ComicStudioなどでアシスタントの人件費を押さえれば、なんとか食っていける。2000人いれば月産枚数も増え、かなりの好循環を生み出せるはず。

    考えてみたら、落語の独演会で1000人集めるとか、実は大変な数字。入場料の単価は違うが、でもその集客力があれば食っていける。漫画家も、商業誌ではお呼びでなくても、好きなことで食える可能性がある。商業誌で需要がある作家でも、心ならずも打ち切られた作品を継続できる可能性が。

    大手出版社が内心恐れるのは、担当編集が売れっ子作家をそそのかし、独立すること。それは作家個人(と担当)にはメリットがあっても、出版社と敵対関係になる。会社の名刺を自分の実力と勘違いした編集はともかく、やはり漫画に情熱ある、有能な編集を生み出す土壌としての出版社の存在は必要。

    出版社とウィンウィンの関係になれれば、それがベスト。後ろ向きと言われるかもしれないが、自分は電子書籍は商業誌に向かない作品や作家、少数の根強いファンのいる作家にこそ可能性を感じる。で、その点に関しては山路達也氏の『弾言』と『決弾』の電位書籍化の事例が参考になるかも。

    両著作は、過去に出版社から出たものをiPhoneのApp  Store用に電子化したものだが、電子化に当たって利益の一部を本の出版社に印税として払っているとか。これなら出版社はリスクなく利益が上がり、発売側は制作と販売の責任とリスクを負うが、その分の利益も多く得ることが可能。

    例えば人気漫画家は原稿料を抑え新人は最低額を保証し、新書と文庫本は出版社に任せるが、電子書籍の権利だけは保持する、場合によっては電子書籍の売上から印税を出版社に払うというのならば、雑誌という場を維持しつつ、個人の利益と漫画文化の継続のため、双方にメリットがあるのではないか?

    ー了ー

    2011年1月8日
    喜多野土竜  @mogura2001
    http://twitter.com/#!/mogura2001
  • 『玄洋社・封じられた実像』抄録電子版へのツイートレビューまとめ

    2010/11/18
    今夕(18時頃)、ボイジャー社理想書店のリニューアルOPENに合わせて発売される石瀧豊美著『玄洋社・封じられた実像』抄録電子版は、九州電書会として初の電書刊行でもあり  @grokmasazo  さんがツイートレビューを行ってくれた。

    ///

    @grokmasazo

    今日は@mao3mao3  が九州電書会から初めて電子書籍化した「玄洋社・封印された実像」(石瀧豊美著)を書評する。明治から昭和の大戦期にかけて活動した福岡の玄洋社について検証した『玄洋社発掘―もうひとつの自由民権』(1981年初版、97年増補版)の再刊、増補版。

    電子抄録版という位置づけで、海鳥社から紙の本として出版されているものへの興味関心を抱いてもらうのが狙い。本紙のうち、「まえがき、Ⅰ今なお、虚像がまかり通る玄洋社、Ⅲ−1頭山満と玄洋社 その封印された実像、Ⅲ-5孫文と福岡 生誕一三〇年に寄せて」を抄録。

    電子書籍化にあたり、玄洋社についてちょっとだけ感想を。まず、玄洋社って知っている人は多いと思うのですが、日本の極右団体だという認識からこの本を読むと、目から鱗が百枚は落ちること必定です。戦後に貼られたレッテルへの抗議がそこにはある。

    wikipediaによると、玄洋社は当時の在野の多くの政治結社と同じく、欧米諸国の植民地主義に席捲された世界の中で、人民の権利を守るためには、まず国権の強化こそが必要であると主張。対外的にはアジア各国の独立を支援し、それらの国々との同盟によって西洋列国と対抗する大アジア主義

    明治から敗戦までの間、政財界に多大な影響力を持っていたとされる。日本の敗戦に伴い1946年(昭和21年)、GHQは「日本の国家主義と帝国主義のうちで最も気違いじみた一派」として解散させた。しかし、本書を読むと、その評価が正当性に欠けていることに気づかされる。

    戦後日本社会を特定方向へ導こうとしたGHQの狙いが透けて見える工作の跡が、大アジア主義を掲げていた玄洋社への過剰な反応とともに、戦後史の無定見な読まれ方に暗澹たる思いにも陥る。戦後の教科書的理解では読み解けぬ戦時中の歴史としての玄洋社の実相を多方面の資料で検証した。

    本書の書き下ろし「まえがき」を読むだけでも、実態としての玄洋社が過剰に「過大評価」されてきたことの真相が透けて見えるのだ。手垢のついたGHQによる規定「超国家主義団体」への烙印は最新の評伝をもってしても大きく変化したとは思えない状況がある。

    「必要なのは玄洋社を日本帝国主義の手先などと呼ぶことをやめて、主体としての玄洋社がその時々、時代の課題にいかに向き合ったのかを、まずは虚心にながめることではないだろうか」と提唱する石瀧豊美さんの言葉にまずは、向き合ってみようという気になった。

    来年2011年は玄洋社が深くかかわった辛亥革命からちょうど100年。この時期に、再刊された「玄洋社・封印された実像」(石瀧豊美著)は、同時に電子書籍化も果たし、広くその意義を世に問うている。これは、中国との関係が尖閣問題で揺れる今の時節にタイムリーでもある。

    米国発の金融恐慌下において世界中が大激動する昨今、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)による米国からの再ブロック化を要求される日本。まるで大戦前夜の様相を呈する昨今、玄洋社が掲げた大アジア主義の検証にも意義深い本書は、現代人必読の書とも言える。

    頭山満ら右翼の巨魁とされた人物が実は人間性豊かな人物として浮かび上がり、東京裁判でただ一人文民としてA級戦犯として処刑された首相・広田弘毅などの玄洋社とのかかわりなどの検証も鋭く、読み物としてぐいぐい引き込まれる。

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    『玄洋社・封じられた実像』抄録版は理想書店で販売中です
    http://voyager-store.com/index.php?main_page=product_info&products_id=10435

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  • 角川グループホールディングス角川歴彦会長の講演 @電子書籍・コミックサミット in 秋葉原

    電子書籍・コミックサミット  in  秋葉原
    reported  by  @tsuda  /津田大介

    キーワードは3つ

    出版社はネット化する
    出版社はソーシャル化する
    電子書籍が大きな売り上げを達成していくには編集者の力が必要

    改めて今までの時代を総括すると、かつて1980年代までは知識社会だった。その中核として出版産業があった。80年代、モノから知識へ、量から質へという変化があり、特許や著作権など知識が富を生み出していた。製造から知的創造に変化する中、知識人が登場し、マスメディアが大きくなった。
    その知識社会、マスメディアが新たなフェイズに入っていることを象徴する2つの事件が起きた。

    1つはYouTubeへの尖閣諸島問題の動画流出。
    もう1つは小沢一郎のニコニコ動画の生会見。
    マスメディアのもっていた影響力が変わりつつある。

    知識社会は2010年代に入りソーシャル社会へと変貌しつつある。
    知識から情報へ、量だけでなく質も増え、情報が富を生み出していることが起きる。情報発信をする大衆の数の力が増し、大衆がコンテンツを創造していく。
    それを可能にしたのがFacebook、ツイッタ-、YouTube

    我々は情報革命のまっただ中にいる。
    mixiやgree、モバゲータウン、Web2.0の時代は100万人集めてビジネスをするということだったが、ソーシャル時代は桁が変わって2000万人規模で商売を行っている

    ソニーが『ソーシャルネットワーク』というFacebookの映画を作った。
    大学で恋人に振られた青年が自分の恋人は大学の中でどれだけのランクにいたのか調べるサイトを作ったそれがFacebookの始まりだといった実話をベースに展開している。
    面白いのでぜひ見てもらいたい

    角川グループに魔法のiらんどがある。
    魔法のiらんどは99年にスタートして、若年層の圧倒的利用者を獲得している。月間PVは35億PV。男女比は女性が88.7%と圧倒的。60万人の中高生の作家がケータイ小説を投稿している

    ケータイ作家はプロとは言えない。それらはソーシャルコンテンツとも言えるものだろう。
    それと対称的な存在として、プロが創ったプレミアコンテンツがあると考えている。
    しかし、ソーシャルコンテンツの中からプレミアコンテンツに昇華するものがあるかもしれない。
    それができるのは編集者

    次世代の出版人、編集者に求められているものとは、編集力の強化。
    ソーシャル化が進み、プロとアマチュアの境界が低くなっている。
    ソーシャルコンテンツを、プレミアコンテンツに昇華させることこそが『編集力』と言えるだろう

    ソーシャルコンテンツは新しく出てきた言葉なのか? そうではない。
    代表的な存在はコミケ。アマチュアの同人誌のクリエイターが集まっているが、この中から優秀な才能を持った漫画家や小説家が生まれている。
    これもソーシャルコンテンツだ」

    私は芥川賞も直木賞もソーシャルコンテンツからプレミアコンテンツを創る作業であると思っている。ただし、それはあくまでアナログ的な手段。
    それが今はソーシャルメディアを通じてデジタル化している時代と言える

    そして時代は電子書籍の時代になった。
    電子書籍はKindle的な専用機とiPadのような多機能機と分けて考えなければならない。ジョブズもiPadが電子書籍リーダーとして捉えられがちなことに不満を持っていると聞いた

    iPadは本も映画も音楽も楽しめるという意味でバンドル機という表現をしたい。そしてネットにつながるiPadはクラウドサーバーに置かれたさまざまなデジタルコンテンツを楽しめる機会でもある

    『時を書ける少女』は元々小説だが、アニメ映画、コミック、ビジュアルブック、実写映画、音楽と多メディア展開している。
    iPadならばそれを1台ですべて楽しむことが可能だ

    iPadはもう1つ、バンドルを超えてコンテンツが融合していくという現象をもたらすのではないか。
    媒体の垣根を越えて小説でも映画でもない新しいコンテンツを生み出すのではないか

    この前新幹線に乗っているとき気づいたが、東京地区はデジタルニュースを新聞社が流していたが、名古屋はテレビ局のニュースだった。
    新聞社もテレビ局もデジタルの文字ニュースという点では同じコンテンツを作っていた。
    こうしたコンテンツの融合があらゆるジャンルで加速していくのではないか

    今回のサミットで神戸工科大学が作った漫画をiPadで楽しむ新しいインタラクティブコンテンツが面白い。
    劇画というのはストップモーションの芸術だが、FLASHのように動き出すような表現と組み合わせると新しいコンテンツになる。漫画の中にアニメが入っているようなもの

    改めて申し上げるが、出版社はネット化し、ソーシャル化する。
    その際、プレミアコンテンツを作り出していくときに編集者の力が必要になるし、彼らには編集著作権、隣接権的なものを与えるべきではないかと私は考えている

    電子書籍にはまだビジネスモデルができていない。それなのに作家と出版社の印税率が議論されている。それはまだ時期尚早だと思う。
    iPadなどに対応した新しい融合コンテンツも生まれていない。融合コンテンツは著作権をどう処理するのか。まだまだ課題は多い

    角川が始まる電子書籍プラットフォーム『Book☆Walker』の話。
    私は電子書籍プラットフォームは無限にあっていいと思う。文化は多様であるべき。
    音楽の世界はiTSやAmazon  MP3のように独占的なプラットフォームがいくつかあるが、書籍はもっと多様でいいと思う

    なぜBook☆Walkerを考えたのか。
    電子書籍1つ1つは宇宙に散らばっている星のようなもの。電子書籍市場が大きくなればなるほど、その輝きは増す。ユーザーは知の宇宙、星は見上げるけれど、広い知の宇宙でたどり着くのは困難

    電子書籍事業は、出版社がユーザーに見て下さいということをプッシュしないと商売にならない。
    従来の書店はプル型。お客さんが自ら店舗に来てくれて買うから。
    しかし、電子書籍の世界ではサイトにアクセスしてもらうだけではすぐ購入にはつながらない。そこに電子書籍事業の難しさがある

    電子書籍というバラバラの星を束ねることで星雲を作る。
    プラットフォームを通すことでその星雲に容易にアクセスすることができる

    Book☆Walkerはニコニコ動画と提携した。
    それは彼らは1900万人のソーシャル会員、100万人の有料会員を持っているからそこにBook☆Walkerのコンテンツを提供することで、プラットフォーム展開を容易にすることを考えた

    電子書籍市場は、一足早く変化の波が訪れた音楽業界から学ぶことが多い。
    それは、Exitばかり増えても利益は上がらない。拡散してしまっては還元もできない。
    Exitは1つでもビジネスモデルが確立していれば利益は大きいということの2つ

    重要なのは
    『コンテンツを大切にすること』
    『コンテンツの付加価値を高めること』
    という2つ。
    これを音楽業界から出版業界は学ばなければならない。
    我々は出版社自らプラットフォームを作ることでそれを実現していきたいと思っている

    出版社は著作隣接権を獲得する運動を行うべき。
    私は08年のFIPPの大会で雑誌のプラットフォーム構築を呼びかけたが、今回のサミットではみんなが協力して出版社、出版者が隣接権を獲得することを呼びかけたい。
    業界を挙げて文化庁に働きかけよう

    出版者の義務というのは『出版行為』。
    1つは著作者から原稿を受け取ったデータに対し、適切な修正加工を施し、必要に応じて他のデータと組み合わせて校了データを制作する行為。これはプル型の出版。
    もう1つは完成したデータをユーザーに届けるプッシュ型出版。電子書籍はプッシュ型ビジネス

    以上で角川会長の講演は終了
  • Book☆Walke/角川グループの電子書籍を中心としたコンテンツ配信プラットフォームの記者発表会

    Book☆Walker
    角川グループの電子書籍を中心としたコンテンツ配信プラットフォームの記者発表会
    @  株式会社  角川書店
    http://instagr.am/p/E5KA/

    reported  by  津田大介
    http://twitter.com/#!/tsuda

    今日の出席者は角川歴彦氏(角川グループホールディングス取締役会長)、佐藤辰男氏(角川グループホールディングス代表取締役社長)、浜村弘一氏(角川コンテンツゲート代表取締役社長)、安本洋一氏(角川コンテンツゲート常務取締役)の4人。

    ///

    佐藤「本日は角川の強みを活かしたユニークでオンリーワンのプラットフォームをご紹介したい。電子書籍は国内や海外の端末メーカーが競っていろいろな発表をしている。その中国内は個別コンテンツの配信や値段の問題に終始している状況」

    佐藤「その中で角川が目指すのはユニークでオンリーワンなプラットフォーム構築。角川グループには10社ユニークな出版社がある。ライトノベルやコミックなどのジャンルで存在感を示している」

    佐藤「角川は単なる出版社ではなく単なる映画会社ではなく、それらが渾然一体となった会社。グランドオープンは来年。11月にも新しい発表を行う。このプラットフォームに熱い視線を注いで欲しい」

    安本「角川グループは早期から電子書籍配信に取り組み、実績を積み上げてきた。2005年にiモードとEZwebで電子書籍を始めた。ラノベを中心としたラインナップで2006年度と比較して2010年は約18倍の規模まで成長している」

    安本「新プラットフォームの名称はBook☆Walker。角川グループ出版社10社が集結し、コンテンツを配信する。また、映像やグッズなど販売商品の横展開を行う。電子書籍をトリガーに、グッズやソーシャルゲームなどグループの全アセットを投入する」

    安本「ソーシャルゲームは、角川コンテンツのスピンオフ的なものを考えてる。外部ソーシャルメディアとの積極的な連携も考えている。Twitterなどのオープンプラットフォームをはじめ、内容をTwitterではき出せるソーシャルリーディング機能なども想定している」

    安本「外部コンテンツプロバイダも受け入れる。角川グループ以外の出版社やコンテンツプロバイダの参加を募り、出版、グッズ、映画映像、ゲーム会社などに幅広く呼びかけていく」

    安本「書店との連携も行う。紙の本との共存を実現するため、書店への誘導施策も考えている。しかるべき実証実験ののちに、書店との連携も強化していく」

    安本「角川グループ直営のBook☆Walkerだからできること。それはコンテンツ一つ一つの価値を高める、新しいコンテンツへの挑戦、新しいマーケット、新しい顧客の創造という3つ」

    安本「Book☆Walkerが目指すもの。それはユーザーにとってオンリーワンの専門店の集合体。今後の具体的展開だが、まず12月からiPhone/iPadのアプリ展開。来年4月からAndroidを含む各種タブレット端末やPCへの配信などに対応する」

    安本「12月に始めるBook☆Walkerの機能限定版は、ライトノベル、コミック、文芸、新書の4ジャンルで開始。来年4月のフル機能版はラノベ、コミック、文芸、新書、雑誌、実用書、写真などに対応。マルチデバイス対応や電子アイテム販売やソーシャル連携を予定」  

    安本「作品のラインナップや詳細機能は11月12日の電子書籍・コミックサミットin秋葉原にて発表します」

    角川「私は2010年にKindleとiPadというまったく異質な電子書籍リーダーが2つ出てきてこれをどう考えればいいのか悩んだ。出版社としてこれにどう対応するか考えてきた」

    角川「米国や台湾なども視察してきた中で見えたのは、電子書籍は孤立していた電子書籍がネットにつながったことの意味。電子書籍はクラウド(雲)の上に存在する星のような存在だと思う。知の宇宙。2010年は話題作りで電子書籍をすればいいが来年はそうはいかない」

    角川「電子書籍にまつわる発表はいろいろあるが、プラットフォームはなかなかできていない。いくら一点一点が輝いていてもユーザーには結びつかない。我々の仕事で一番大事なのはプッシュ型の仕事であるということを意識すること。ユーザーにプッシュしなければならない」  

    角川「コンテンツホルダーが単にコンテンツの提供事業者にとどまってはいけないと思った。電子書籍という星の塊を作る、それが結果的にプラットフォームを意識することになった。プラットフォーム事業を行うのは資金もかかるし企業として大きな体力がいるが、決断をした」

    角川「まずは角川グループ10社からスタートして、オープンなプラットフォームにすることで他社にも参加してもらいたいと思っている。角川が強いのはサブカルチャーだが、昔ながらの文芸なども拾っていきたい。しかし、これも知の宇宙の中の1つの星雲に過ぎない」  

    角川「我々は大きなプラットフォームになりたいが、独占的なプラットフォームにはしたくない。知の大きな宇宙でコンテンツの大事さを理解して参加してくれる企業を募集して大きな星雲を作っていきたい。その流れでネット事業者や家電メーカーも巻き込んで発展させていきたい」

    角川「まずはiPhoneとiPadでベータ版を出して、その中でいろいろな勉強をしながら来年度以降の本格展開につなげていきたい。電子書籍プラットフォームのあるべき姿について、皆さんも一緒になって考えてもらいたい」

    Book☆Walker  の特徴イメージ。  
    http://twitpic.com/30wdmd

    質問「よそにも呼びかけるということだが、どういう形で開いていくのか。個人でも使えるのか、企業を集めるのか」
    安本「楽天のようなモデルは考えてない。コンテンツプラットフォームとして、弊社のプラットフォームにコンテンツを出してもらうイメージを考えている」

    質問(時事通信)「書店との連携施策は具体的になに?」
    安本「1つの方法論は電子書籍に電子付録を付け、書籍にシリアルナンバーをふって、ID認証が行われたときに電子付録を購入できる的なことを考えている。しかしこれはまだアイデアベースの段階。コンテンツに映像を加えるといった実例もある。そのあたりも考えていきたい」

    質問(日経新聞)「自社コンテンツはこのプラットフォームだけで売っていくのか、それともほかのプラットフォームにも出すのか?」
    安本「新刊なども含めて、ほかのプラットフォームに出していく方向で考えている。ただ、プライオリティーが高いものは自社プラットフォームを優先するといったこともあるかもしれない」

    質問(日経新聞)「角川はサブカルやアニメなど、特徴がある。特徴を強調するのか総合的な方向でいくのか」
    安本「基本はユニークなカラーを持った出版社を集める方向になると思う。とはいえラインナップは今後検討することになると思う」  

    質問(日経新聞)「規模感は?」
    安本「2014年の時点でこのプラットフォームで30億を目指す」

    質問(朝日新聞)「電子書籍以外のコンテンツの特徴は?」
    質問「ソーシャルメディアの連携、Twitter以外は?」
    安本「ソーシャルリーディングという機能を考えている。我々のコンテンツを見て感動した人が共有して、それを広めていける展開を考えている。我々のグループには魔法の愛らんどもある。そことの連携(投稿機能など)も考えている」

    質問(  @yukatan  )「ソーシャルアプリとの連携の話。電子書籍をユーザーに届けるのが難しいという話があった。100万人に届けるためには認知拡大が必要だが、どうやっていくか」
    安本「進行開発中のソーシャルアプリが10本ほどある。そのアプリをこちらのプラットフォームに移植して展開することをまず考えている」
    浜村「うちのグループの出版でプロモーションしつつ、様々なSNSと連携する中で人を増やしていきたいと考えている」

    質問(インプレス)「電子書籍のフォーマット。マルチプラットフォームに対応するというが、クラウドにデータを置いて端末からアクセスするようなことはできるか」
    安本「12月の時点は.bookベース。4月以降はttxをベースにした中間フォーマットを予定し、応用しやすい形にしていきたいと思っている」

    以上で、Book☆Walkerの記者発表会は終了
    書店との連携ってのが本当にうまくいくなら、肯定的な意味でのガラパゴス電子書籍プラットフォームとして期待できそうね。どうやるのかという部分でかなり難しい気もするけど、うまくいくならむしろインディーズ音楽なんかとの連携に可能性がありそうな気配も。  
     by  津田大介
  • 電子書籍ビジネス戦国時代

    これからの電子書籍プラットフォーム戦国時代、気になるのは
    1)電子書籍端末=ブックリーダ
    2)フォーマット/ビューア
    3)プラットフォーム連合の面子
    などです。

    全てを書くと長くなるので最近影の薄いドットブックはどうなのか?
    という視点でメモを書いてみます。

    ///

    電子書籍フィーバーの前は、文芸作品の電子書籍化はリフローのXMDFかドットブック。
    主にPC向けでしたが、十年ほどやっても電子書籍の市場はさほど伸びす、その間にケータイ書籍市場が爆発的に活性化したが中心はコミック。

    今の電子書籍ブームは、AmazonのKindle、アップルのiPhone/iPad
    など新しい携帯型の読書端末がコンテンツ流通とセットでビジネスモデルを確立し、日本上陸じゃないかと慌ててからの黒船騒動。

    日本国内でのフォーマットの乱立は好ましくないとこの春から政府の三省デジ懇で中間フォーマットを策定することが提案され、XMDFとドットブックがその中核に置かれ、検討が進んできた。

    一方、国際標準のフォーマットとしてEPUBをアップルが採用したことから、にわかに注目が集まったが、日本語対応が不完全で商業コンテンツとして使えない。またその日本語対応がいつになるか不明確というのが夏ごろまでの状況。

    この今年前半の状況をベースに、企業間の合従連衡でプラットフォームの乱立となり、メーカーは思い込みで走り始めてしまったというわけです。

    シャープはXMDFで勝負しようとGALAPAGOASを出すことになったのですが、これがかなり不評。
    なにしろDRMガチガチでせっかくのアンドロイドOSなのに拡張性がない囲い込み端末。
    キャリアと組めずにTSUTAYAのCCCと提携。

    KDDIが先日発表したXMDFをベースにした電子ペーパ端末もいささかお粗末で、組版禁則処理すら出来ていないサンプル画像を広報用に使っていて失笑を買う。

    東芝と富士通は携帯事業の統合を発表していますが、暫くはそれぞれのブランドでタブレットPCを出すらしい。
    コンテンツ供給は凸版印刷。

    ドコモ/大日本印刷という最強連合は準備が若干遅れ気味だが運用テストをスタートし、来春までに体制を整える。
    アンドロイドOS最新版を搭載し、iPadを真似たサムソンGALAXY  Tabだけじゃなく、いろいろ隠し玉が出ることでしょう。

    KDDI、凸版、朝日新聞と組んで事業会社まで設立したソニーの発表はこれから。

    この他に紀伊国屋は独自展開、ヤフーはまだ整備されていないアンドロイド市場を狙っている。

    などなどまことに乱立の言葉が似合う混戦ぶりです。
    ここでは、出版社の影も薄く、また読者への配慮など無きに等しい。

    ///

    これまでの紙の本が電子書籍化されていく流れは確定したのですが、
    その最大のメリットを受けるべきはずの作家や、そして読者は等閑にされ、中間プレイヤーが幻想的な新市場を虎視眈々と狙って動いている状況。

    多分これでは、電子書籍市場は期待したようには立ち上がらないのではないか?
    まだ生まれたばかりとも言える小さな市場を育てるよりも先に、パイの分捕り合戦では一旦失敗に終わる可能性すらある。
    これまでも何度か目にした電子書籍元年騒動がより大規模になっただけかもしれない。

    ///

    さて版元の動きはどうでしょうか?
    年初めに電書協が大手版元で設立され、技術系版元も団体をつくるなど動きが活発でしたが、その後はメディアの全面に出ることは少なくなっています。

    しかし、それはプラットフォーム間の競争が始まる中で、どこかと組むのではなく、どことも組むという八方美人スタイルに方針を切り替えながら、実験的な電子書籍、編集体制、コラボレーションなどさまざまな試みをしたたかに展開していると見た方がいい。

    つまり、iPad  発表直後は、一足対応していたボイジャーのドットブックへ関心が集まり、新規版元もトライ。
    その後、ダイヤモンド社のDReader  で「もしドラ」がヒットするや、そちらが話題に。
    中間フォーマットがXMDF中心で動きそうになり、シャープがやる気出してGALAPAGOSを投入。
    日本の標準フォーマットがXMDFで動きそうな気配だが、モリサワも夏にフォント/組版で優れたMCBook  ソリューションを出して、文藝春秋/幻冬舎が採用。

    フォーマットはEPUBの動向も絡んで、当分ふらつきそうなので、その間は電書アプリでという考え方をする版元も多いようですね。

    ということでドットブックですが、GALAPAGOSはXMDFですから無理として、他のメーカー端末との関係が気になるところ。具体的にはソニーのReaderです。
    それ以外はAndroidOSの端末ですから、iPhone/iPad
    での理想ビューア/ボイジャービューアのAndroido版を出して、プラットフォームではなく外部決済で対応するのでしょう。

    ボイジャーにはメーカーとの長い煮え湯を飲まされてきた歴史があって、基本的にメーカーに振り回されたくないという思いが強い。

    一方でEPUBへの対応は積極的です。
    米国の第三勢力、ブックサーバ構想に日本で最初に賛同して参加し、NYブックフェアでも東アジアにおけるEPUB陣営として協力することを表明している。

    EPUBの仕様を検討する東アジア作業部会EGLSにもボイジャーからスタッフが参加していますね。
    http://code.google.com/p/epub-revision/wiki/EGLS

    ///

    EPUBへの漢字文化圏対応、現在まさに作業が進行中で予想よりも早く来年5月には確定する動き。
    こうなるとビューア/オーサリングのエディタなども急速に充実するのは確実で、やっと日本語電子書籍も国際標準のフォーマットが使えるようになる。

    但し、今回のEPUB拡張が日本語の組版表現として十分かどうかといえば、そうでもない。
    あえてどうしても譲れない基本的な仕様要求にとどめたので、交渉が早く進んでいるということ。

    拡張されたEPUBでも、現在のドットブック、XMDFで実装されているような日本語組版には及ばないレベルなのです。

    ということは、ドットブックも一日の長を活かして出版社が選ぶ選択肢としては十分に魅力的でしょう。
    ドットブックからEPUBへの変換は難しくはなく、すでに内部的にはツールも試作している気配。
    先ずはドットブックで電子書籍化を進めておいて、将来的にEPUBの日本語対応が進んでから、移行してもよいわけです。

    ///

    大手のプラットフォーム競争は、品揃え競争に突入するのは明らかで、
    10万タイトル以上でスタートし、これがあっという間に20万、30万タイトルと増えていくことになる。

    具体的には、毎週の新刊で数十~数百のタイトルが投入され、それらは瞬く間にTOPページから落ちてアーカイブへ。
    ケータイ書店で起こっていたことが、スマフォ/タブレットで繰り返されると思えばわかり易い。

    版元にとっても、また作家/読者にとってもあまり幸せとは言えない、IT業界的な身も蓋もない競争で、生まれたばかりの電子書籍市場はもみくちゃにされるのではないでしょうか。

    ということで、
    こうした乱戦からちょっと身を引いて、独自の書店流通でやっていくというボイジャーの戦略もあながち無視はできないと思っています。

    以上、長くなったので一旦ここまで。
  • 九州電書会

    あなたのマチにもの語りはありますか?
    という問いかけから始めた文芸サイト「マチともの語り」をオープンさせたのは2004年のGWだった。

    その前年に九州タウン情報ネットワークと一緒に「九州人の九州人による九州人のための文芸作品」という些か大げさな幟旗を掲げて「Qストリー大賞」という企画を実現させたのだが、やっと第一回の公募の受賞作品を発表した時、母体の経営が揺らいで継続できなくなってしまった。
    応募してくれた作家陣の期待も大きく、ぼく自身も手応えを感じていたので、そのまま終わりにしたくなくっていろいろ継続のためにもがき、福岡県商工部の「マルチメディアアライアンス福岡(MAF)」のワークショップ公募へ申請したところ、採用となる。
    それが「マチともの語り」の誕生だった。

    ///  now  writing  ///
  • 出版文化

    電子書籍の話になると「出版文化を守れ」という声がどこからともなく湧き出す。
    良書を世に送り出してきたのが出版社だという。
    確かに良書もあっただろうが、それよりも世の顰蹙を買う悪書もたくさん送り出してきたからこそ、十数年ほど前まで戦後ずっと右肩上がりの成長/拡大を続けてこれたというのは忘れたのだろうか。
    そもそもなにを以て良書というのか? それはなかなか難しい。

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