車のマフラが「排気音を低減するもの」だと知ったときの衝撃はかなりなものだった。僕はマフラの正体を、あるいは僕がマフラの正体を知っていることを、早く誰かに話したくてしかたがなかった。
僕は一度だけ、用事で遅くなったので、担任のカヲル先生の車で自宅まで送ってもらったことがある。白い三菱ミニカだった。小さい車に乗るのは初めてだったので、そのエンジン音が車内に鳴り響く大きさにとてもびっくりした。大声で話さないとお互いの声が聞こえないほどである。けれどもカヲル先生は別段気にする様子も見せず、普段通りのたわいのない会話をしてきたので、別に故障だとかの異常事態ではないんだということは分かった。
僕は車から降ろしてもらったときに、ありがとうございましたと言う代わりに、「先生、マフラ外してるんですか?」と聞いてしまった。目立ちたがりやの不良たちはわざとマフラを外して音を大きくして走ってる、という話も聞いていたからだ。先生は「え?」と怪訝な顔をしたあと、少し落ち込んだようだった。
「いや、外してないよ。小さい車は音が大きいんだよ。マフラつけててもこんなものなのさ。君のお父さんのマークツーはずいぶん静かなんだろうな。でも先生にはあんな大きな車はまだ買えないんだ」
そのとき初めて、僕は自分がただ知識を見せたいためだけに、たいへん失礼な発言をしてしまったことに気づいた。
今でもあのカヲル先生の一瞬の悲しそうな顔を思い出せる。
先生、すいませんでした。