秘密のメモリーメモルノフ、ドゥワー♫

  • 比喩禁止国家の大リーガー

    右手にマイクを握った中央テレビアナウンサーの川岸マリは、カメラに向かって言った。

    「それでは見事な三安打完封ピッチングを見せた元大リーガーの菅原投手に体当たりインタビューです」

    「おいおい、体当たりはまずいんじゃないか」カメラを肩にかついだ男が小声で窘めた。そのとき球場のあちらこちらからカチャリという金属音が鳴り響いた。客席に配備された兵隊たちがこちらに向かって一斉に銃を向けたのだ。

    「ほらみろ。気をつけろって言ったのに」

    作り笑顔の消えた女子アナは眉間にちょっと皺を寄せながら見回したあと、兵隊たちにも聞こえるように大声で叫んだ。

    「いいんだもん。本当に体当たりするんだから」

    彼女はベンチの前でたくさんのフラッシュを浴びている菅原光一の方へ一目散に走り出し、そして全力で彼の躰に体当りした。

    「いてえなあ。何をするんだ?」

    菅原がむっとするのを無視して、マリは「あなたにとって、野球とはなんですか?」と訊き、マイクを彼に向けた。

    「野球とは……」

    それまで慣れた様子で他のマスコミのインタビューに流暢に答えていた菅原は、そこで初めて少し動揺した素振りを見せた。だが、ひとつ小さな咳払いをした後は、また元の冷徹な顔に戻り、再び淀みなく答え続けた。

    「野球とは、球技の一種であり、1チーム9人編成で2つのチームが攻撃と守備を交互に繰り返して勝敗を競う競技です。相手チームの投手が投げたボールという丸い物体をバットという棒で打ち返し、その間に一塁、二塁、三塁の順に走り、本塁まで到達することで得点を得るという行為がこの競技の基本となり……」

    「そんなことは私だって知っています」とマリは声を荒らげて遮った。「そういうことじゃなくて、あなたにとってなんなのかと、私は訊いているのです」

    投手は左の口角をわずかに上げたあと、「僕にとってだって?」とわざとらしく訊き返した。

    「それは僕にとっての野球と、君にとっての野球が別物だってことかい?」

    投手の顔にだんだんと意地悪さが表れてきた。(つづく)

    (という話を思いついたんですけど、需要ある?)
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