カヲル先生は写実的に絵を描くということを最初に教えてくれた先生だ。一番最初の課題は、自分の左手を描く、というものだった(たぶん左利きのやつは右手を描いたのだと思う)。
ただのグーとかパーだとかではありきたりでつまらないので、何かもっと複雑な左手のポーズを考えよう、と言い出したあたりは、実にカヲル先生らしいところだった。
結局、親指と人差し指だけを伸ばして、残りの指は全部グーの形、というポーズに決まった。この形にした左手を机の上に置いて描く。それが一番楽な姿勢でもあった。つまり、伸ばした親指と人差し指を中心に、それを横から見たような感じで描くことになる。親指と人差し指の間からはすべての関節が曲げられた中指が垣間見える。薬指と小指は中指に隠れてほとんど見えない。
見方によっては爬虫類か鳥が右側を向いて口を開けているようにも見えた。約30人分の肌色の爬虫類が勢揃いした様はなかなか壮観だった。
外に出て校庭からの景色を写生するという課題では、僕はカヲル先生の写実主義に従って、まず遠くに見える家やサイロや工場や煙突やらを、すごく細かいところまで忠実に鉛筆で描いていった。だいたい画用紙の上から約五分の一は、その写実的な遠景で埋められた。
「すごいよ! 完成をすごく楽しみにしてる」とカヲル先生は期待に満ちた顔で僕に微笑んだ。
今思えば、その上から五分の一だけをハサミで切り取ってしまえばよかったのだ。それはそれで、異様に横長い緻密な風景画としておもしろかっただろう。だけど、当時の僕にそこまで斬新な発想はできなかった。
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