秘密のメモリーメモルノフ、ドゥワー♫

  • タメゾー先生の記憶

    「君は書き出しが実にうまいねー」

    僕は現代国語のタメゾー先生がわりと好きだった。

    「だけど、どうして途中で話を変える。中途半端で終わったな」

    僕はいつも書き出しだけをほめられ、それ以外はダメ出しをされた。

    タメゾー先生は普通の教師にはない雰囲気を醸し出していた。かといって、とっつきにくい感じは全くなく、むしろいつもニコニコして、ときには高校生男子が喜びそうなちょっとエロの入った冗談もよく言った。

    タメゾー先生はよく名作を朗読しながら、途中で勝手にト書きを入れた。例えば、
    「振り向くとそこには美しい少女が立っていた。……岡田奈々のような」
    岡田奈々のような、というところがタメゾー先生のト書きである。

    タメゾー先生にとって文学的美少女とはまさに岡田奈々であった。それ以後、僕が文学作品を読むときに出てくる女性は岡田奈々ばかりになってしまった。これはタメゾー先生が僕に残した唯一の罪といえよう。

    しかし、岡田奈々は僕らよりはほんの少しだけ上の世代のアイドルだった。すなわち、僕らにとって岡田奈々というギャグは、ほんの少しすべっていたのである。だからといって、じゃあ僕らの世代にマッチするアイドルといえば、どうにも健康的で文学とは縁遠い感じの娘ばかりであった。やはり黒髪のロングで病弱なまでに白くて細くて吹けば飛んでしまいそうな抱きしめれば壊れてしまいそうな、それが文学的美少女のイメージだとすれば、僕も岡田奈々以外は思い浮かばなかった。

    だが、その頃、僕らのあいだで美人の称号をほしいままにしていたのは松坂慶子だった。まったく余計なことをする奴は一人くらいいるもので、もう岡田奈々はやめて松坂慶子にしてくれと、タメゾー先生に進言した奴がいたのである。先生はテレビで松坂慶子を確認し、確かに美人だと認めざるをえないといって、渋々ではあったが松坂慶子を採用した。

    だが、もっと余計なことをする奴というのも一人くらいいるものである。週刊プレイボーイに載った松坂慶子のヌードのお尻の写真を持って、わざわざ職員室に出向いてタメゾー先生に見せた奴がいたのである。

    「まあ、なんてやらしい! やっぱりね、岡田奈々でなくちゃだめなんだよ!」

    そのときからタメゾー先生の授業に登場する女性は、やっぱり岡田奈々に戻った。

    このように、タメゾー先生はなんとなく人気があった。そして、何となくではあるが、どこかただ者ではなかったのである。その只者ではないという雰囲気がまだまだ幼稚な高校生を動かしたのであろうが、タメゾー先生はもっと若い頃に芥川賞の最終選考に残ったことがあるのだけれど、惜しくも受賞を逃したので、今はしがない高校教師をやっているのだ、というまことしなやかな噂が流れた。どれくらいまことしなやかかというと、僕がそっくりそのまま信じたほどだった。

    僕は、高校時代に抱えてた謎ベストスリーに入る「タメゾー先生芥川賞最終選考の謎」を、ネットで様々な情報が調べられるようになった今こそ解明すべしと立ち上がった。

    結果としては、まあ当然というか、歴代の最終候補者にタメゾー先生の名前はなかった。だけど、地元では同人誌などでかなり広い活躍をされ、さらに主宰していた文学塾からは、なんと実際にプロの作家が何人も巣立ったらしい、ということを突き止めた。やはり、ただ者ではなかったのである。
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