秘密のメモリーメモルノフ、ドゥワー♫

  • 強行遠足の記憶

    強行遠足といって、70kmもの道のりを強制的に走らされるひどい高校が私の地元にあった。その高校は地元で最も優秀な高校だったので、中学で開校以来の天才といわれていた私の選択肢はその高校しかなかった。したがって私の中学生活のおそよ2年間は、その強行遠足を何とか避ける方法はないものかと思案してばかりいた2年間だった。その後中学3年生で大都市に転校したので、結果的に私は強行遠足というとんでもなくつらい経験をしないで済む人生を歩むことができた。

    先日、この強行遠足をテーマにしたドキュメントをテレビで見た。

    これを完走すれば変われるような気がするだって?
    ばかいってんじゃねえよ、人間そんな簡単に変われるもんか。

    これだけつらい思いをしとけば後でつらいなんて思わなくなるだって?
    ばかいってんじゃねえよ、長い人生もっともっとつらいことが待ってるんだよ。

    しかも番組は、もうどうしようもなく運動不足の、
    気の弱そうで落ちこぼれ気味な、男子生徒二人が主人公なんだな、
    よりによって。

    おい、プー、ぶくぶく太りやがって。
    おまえなんかに完走できっかよ。
    できたとしたって意味なんかねーよ。
    どうせ太った中年のオヤジになる頃には、
    あんなの意味なかったって分かるはずさ。
    おい、プー。ほら、言わんこっちゃない。
    時間切れだよ、完走はもう絶望的だ。
    おい、プー。もう絶望的だと言ったろ。
    なんで止まんねーんだよ。もうやめりゃいいだろ。
    おい、なにやってんだよ、もう足つってんだろ、
    やめろよ、もうリタイア決定的なんだよ。
    ほら、車がきたろ。時間切れの回収車だ。早く乗れよ。
    ほら、先生だってもう乗りなさいって言ってるだろ、
    なんでこんなときに限って先生の言うこときかねーんだよ。
    やっと乗ったか、ばーか。
    おい、なんで泣かねーんだよ。
    なんで俺が泣いてんだよ。
    泣けよ、ばーか。
    ほら、プー。
    みんな笑ってんじゃねーか。
    女の子みんなプープーってお前のこと笑ってんじゃねーか。
    へー、結構頑張ったじゃん、とか言われてるじゃん。
    なんでお前みたいなの人気あんだよ。
    なんでみんなお前みたいな落ちこぼれにやさしいんだよ。
    お前らみんなしてなんで俺を泣かす。
    ばーか、完走のご褒美のパンはあげないって女の子に言われてやんの。
    来年もらえよ。

    おい、アニオタ。
    がりがり痩せやがって。
    毎年リタイアだってな。
    今年もだめだろーな。
    親にまで呆れられてやんの。
    弱い奴だって。
    そんなんで札幌の大学なんかでやってけるわけがないって。
    ほら、さっそくビリから三番目だよ。
    言わんこっちゃない。
    その気の長さは死んでもなおらないね、きっと。
    去年は一人ぼっちだったけど、今年は友だちがいるって?
    なに弱いものどうし集まって傷の舐めっこしてんだよ、きもいんだよ。
    そんなゆるゆるで完走したってなにも変わんねーって。
    人生そんな簡単じゃねーんだよ。
    おい、なに友だちふり切ってんだよ。
    おい、朝からもう60キロも走ってんだ。
    もう走れるわけなんかないだろーが。
    なんでスパートかけてんだよ。
    アニオタがスパートなんかするなよ、完走しちゃうじゃねーか。
    なに泣いてんだよお前、たかだか一日じゅう走ってるだけじゃねーか。
    沿道の奴らもなにこんな奴に声援送るんだよ、どうせ形だけだろ。
    おい、両親、呆れてるんだろ、なんでゴール間近に来てんだよ、
    こんなとこまで来るはずないって思ってたんじゃねーのか?
    おい、アニオタ、なに号泣してんだよ。
    おい、なんで俺が号泣してんだよ。
    カミさん風呂入ってたからいいようなものの、
    もし見られてたらどうなってたことか、
    全くとんでもない番組だ。

    もう二度とこんな番組作んなよ。
    たとえば来年プーの完走バージョンとか作んなよ。
    もう二度と俺を泣かせるな、泣かせたらもう一生NHK見ないからな。
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