サイファーは週末の護衛のため、再びアフローラの隅の席に身を置いていた。
今日は特に争いらしい争いも起こらず、ゆったりした時間が流れている。
あれからイデアにもそれとなく聞いてみた所、ゼルに兄弟がいたかもしれないが詳細は分からない、と言われてしまった。
不思議なエクセルとの出会いは、この退屈な仕事の中で、唯一刺激的な出来事だとサイファーは思っていた。
刻々と時間は過ぎて、気づけば閉店の時間が迫っている。
不思議な少年は今回は現れないか、とサイファーが手元のグラスを揺らして、退屈な天井を仰いでいると、目の前の席から「よう!」と聞いたことのある声がした。
じろりとそちらを見ると、いつ店に入ってきたのか、エクセルがサイファーの前に座っていた。
「なあ、前回のリベンジさせてくれよ」
そう言ってサイファーをのぞき込む。
「リベンジ?」
「ほら先にイッちゃったじゃん。カッコ悪いとこ見せちまったからさ」
「男に金出す気はねえ」
サイファーがグラスを置いてそっぽを向いた。
「そのことなら 気にしなくていいぜ」
そう言ったエクセルは、にいっと笑って話を続けた。
「マスターから聞いたけど、あんたタダでココ守ってくれてるんだろ?」
初めて聞いた事実に、そっぽを向いていたサイファーが、なに?とエクセルに向き直った。
「知らなかったのか?」
エクセルが小首をかしげた。
同時に、サイファーの脳裏にシドに対する妙な怒りが沸いてくる。
自身に入る給与があるわけではないが、タダ働きは気持ちいいものではない。
真偽を確認するためにマスターを見ると、エクセルに同意するように小さく頷かれてしまった。
「だから、あんたもタダでいいぜ。助け合いって事で」
そう言って、エクセルはゼルにそっくりな顔で妖艶に笑った。
「マスター、もうあがりだろ?サイファー借りてくよ」
そうしてサイファーが二の句を告ぐ前に、サイファーの腕を掴んで歩き出した。
一瞬躊躇したサイファーも、タダ働きの憂さ晴らしだと、エクセルの腕を振り払わなかった。
サイファーが弾んだ息を落ち着かせながらベッドにゴロリと横になる。
例のホテルで熱を吐き出した二人が、ベッドで体の熱を冷ましていた。
発言通り、今日はきちんと粗相を回避したエクセルが、うつ伏せになりながら隣で休むサイファーに声を掛ける。
「なあ、今日はアンタのこと聞かせてくれよ」
「なんだ」
サイファーが顔だけをそちらに向ける。
どうやらエクセルの寝物語につき合ってくれるようだ。
「その顔の傷、どうしたんだ?」
「…ムカつく野郎に切られただけだ。ガンブレードでな」
「ガンブレード!?あんたもガンブレード使うのか?」
サイファーは、まあな、言って両手を頭の後ろに置くとそのまま天井を見上げた。
「スゲー!カッケー!!俺映画でしか見たことないんだ!」
そう言ってエクセルはサイファーの隣ではしゃいでいる。
「あんた夢はあんの?」
「もう終わった」
サイファーは先ほどとは違った真剣な口調で、天井をじっと見つめながらそう言った。
「どういう意味だ?」
エクセルがサイファーをのぞき込む。
「一度叶えたと思った。だが、オレは利用されただけの負け犬だった。今はコレを付けた奴が『魔女の騎士』をやってる」
そう言ってサイファーは額の傷を指さした。
「なんかわりぃ」
エクセルはそのサイファーの様子を見て、話題を変える為か慎重に声を掛けた。
「『ゼル』とはどういう関係なんだ?」
「幼なじみの腐れ縁ってやつだな。俺を地獄に追い込んだ張本人でもある。あいつのドジのせいで死にかけたぜ」
サイファーはそう言うと、ククッと自嘲した。
「……俺と寝んの辛いか?似てるだろ」
エクセルが小さな声でそう言って自分の顔を指さす。
「別にそんなことねえ。あいつのお陰でいい夢見れたしな。それにてめえ結構可愛い顔してるぜ」
サイファーが最後にエクセルの方を向いてニイッと口の端をあげて笑った。
それを聞いたエクセルは、びっくりしたように目を見開くと、片手で顔を覆って明後日の方向を向いた。
「なんだ、真っ赤になっちまって」
「うるせえ!言われ慣れてないんだよ!」
そう言ってエクセルは耳まで赤い顔を隠しながらサイファーの肩を拳で叩いた。
サイファーはそのエクセルの様子に、いつものゼルとのやりとりを思い出して思わずわらった。
■■■
その日、ガーデンのエントランスに設置されたベンチにサイファーの姿があった。
授業と授業の合間の時間を潰すため、ベンチの背に凭れて、行き交う生徒達をぼーっと眺めている。
その時、駐車場の方から勢いの良い足音が聞こえてきた。
サイファーが何事かとそちらを見ると、目下の話題の人物、ゼルがスゴい勢いで廊下を走っていたのだ。
サイファーはそれをみるや目を細めると、自分の目の前を走り抜けようとしたゼルに声を掛けた。
「おい!ゼル!!」
「ん?げっ!あんたかよ!な、何だよ!」
そう言ってゼルが急ブレーキをかける。
「俺、今急いでんだよ!パンが売り切れちまう…!」
そう言って、その場で駆け足をしている。
「廊下は走るなって何度も言ってんだろうが」
サイファーはゼルから出てきたしょうもない理由に溜め息をつきながらそう言った。
「わ、分かってるけどよ!あんたもう風紀委員じゃねえだろ!」
「俺が風紀委員かどうかは関係ねえだろうが。校則を守れ」
サイファーはそう言って、目の前のエクセルとは違う雰囲気を纏う男に手招きをした。
ゼルは何事かと警戒するが、ゆっくりとサイファーに近づいた。
近くで見たゼルは、先日肌を重ねた男にあまりにもよく似ていて、思わず体が熱くなる。
だがこの男は違うのだ。
自分の腕の中で乱れる男とは別人なのだ。
サイファーはエクセルと錯覚しそうになるのを頭を振って振り払った。
そうして、他言するなよとゼルに前置きすると、小さな声で話し出した。
「そんなにパンが食いてなら、食堂で弁当を頼め」
「弁当?」
「その時に、運転するから片手で食べれるもんにしてくれと言うんだ。通常はパンの取り置き・予約は不可だが、そうすればパン入りのランチボックスにしてくれる」
「な、何でそんなこと教えてくれるんだ」
ゼルがサイファーを不思議そうに覗き込んだ。
自分に向けられたブルーの瞳には見覚えがある。熱の籠もった、燃えるような瞳だった。
おまえに瓜二つのエクセルを気に入り始めているから、とは言えなかった。
「……てめえがこれ以上パン目当てに走らねえ為だこの馬鹿野郎!」
サイファーは誤魔化すように大きな声を出した。
だがゼルには大した威力は無かったようだ。
「あ、ああ、ありがとな!!!あんたいいやつだな!!」
ゼル顔がぱあっと明るくなった。コロコロと変わるその表情がエクセルと重なる。
「マジでサンキューな!!」
ゼルは思わずサイファーに飛びつくのではないかという勢いで感謝の言葉を伝えると、何度もサイファーの方を振り返りつつその場を去っていった。
「走るんじゃねえー!」
すぐに走り出そうとしたゼルにそう声を掛けると、不思議と楽しい気持ちになった。
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