ぐるるるる。
腹の音がする。
俺はあまりの空腹にベットからガバリと起き上った。
成仏するかと思いきや、現金なもので腹が減って目が覚めてしまった。
幽霊って腹がすくのか…。
意外な現実にショックを受けつつ、体を確認してみるも、やはり元には戻っていなかった。
とりあえず腹ごしらえしよう。幽霊って意外と大変だなとボヤキながら、食堂に向かう途中で驚いた。
あれから4日も経っている!
食堂に掲示されている掲示板を見ると、俺が討伐に出かけた日から、すでに4日も経過していたのだ。
そんなにも寝入っていた自分に驚愕しつつ、幽霊って意外と疲れるからなぁ、歩きにくいし…これから大変だと今後の幽霊人生に思いを馳せる。
そうして食堂でなんとか食事をとると、(手で掴もうとしてもどうしてもすり抜けちまうから直接口で齧ってやった。口でなら干渉できるようだ。)満腹になると頭も回るのか、突如ひらめきが降りてくる。
もしかして鏡に映るかも!少なくとも食べ物だけでもいけるかもしれない。
そういえば昔見たキャスパーという映画ではそうだったと思いだし、俺は意気揚々と鏡へと向かう。
心霊写真っぽく写ったらやだな、などと思いつつ試してみてが、やはりダメで、
俺はまたも肩を落として鏡の前からそっと歩き出した。
当てもなくとぼとぼと歩いていると、ガーデンの様子が見えてくる。
久しぶりにガーデンからMIAが出たこともあって、皆の雰囲気は暗かった。
知らず知らずのうちに皆の噂話もそっと聞こえてくる。話題は当然、俺のことだ。
新種のモンスターに殺されたんだ、だとか、高ランクSEEDでも駄目なこともあるのかとか、色々だ。
そんな中、一つの声が突如耳に入ってくる。
「サイファーのやつ、大丈夫なのか。昨日見かけたけど、凄いことになってたぜ」
「ああ、見てられないよな」
二人のSEED達が、悲痛な面持ちで頷き合う。
サイファーが…?
一体何があったのだろうか。
そういえば、指令室で見かけたサイファーの様子も少しおかしかったように思う。
でもあのサイファーがなぜ?
俺は思いがけない知らせに、知らず知らずのうちに、サイファーの部屋へとむかっていた。
サイファーの部屋へとたどり着くと、中の様子がおかしい。
破壊音と、打撃音。そうして時折、唸るような悔恨の音が混じる。
そうして辺りには不穏な気配が漂っている。とても気軽に立ち入れるような状況ではなかった。
いざ部屋の前まで来てみたものの、ドアの前で立ち竦んでしまう。
サイファー、どうしたんだよ?あんたらしくもない…。
その場で逡巡していると、通路の向こうから駆け足でこちらへ向かってくるセルフィが見えた。
息を弾ませながら駆けてきたセルフィは、サイファーの部屋の前で速度を落とすと、息を整えるようにしばらく肩を上下させて、ドアに向かって「サイファー入るよ」と声を投げると、そのままドアを開いて中に入って行った。
これはチャンスだ。
俺は、一瞬息を詰めたものの、勇気を振り絞って、セルフィに続いて部屋の中に体を滑り込ませた。
ーーーーーーー
部屋の中は薄暗く、カーテンを閉め切っているようだった。
物が散乱し、備え付けのチェストにもひびが入っているのが見える。
鏡は真ん中辺りに円形の破壊痕があり、そこを中心に亀裂が入り、粉々に砕けて辺りに破片が飛び散っている。
殴りつけたであろう中心には、赤いものがこびりついているのが見えた。
サイファーは…ベッドに腰掛けて静かに俯いていた。
入口近くに立っていたセルフィが、口から小さくサイファーの名前をこぼす。
「…なぁ、何か食べなきゃ死んでまうよ?」
続けた言葉に、サイファーは反応しない。
「これ、持ってきたから飲んで、ね?」
セルフィが、手に持っていたビニール袋から、小さな栄養ドリンクの小瓶をいくつか取り出した。
そのままベッドサイドへと、どさりと置いて、小瓶をサイファーの前に差し出す。
しかし、サイファーは俯いたまま何も聞こえていないかのように動かなかった。
「このままじゃゼルを探しに行けへんやん!」
セルフィの言葉が、しんと静まり返った部屋に響いた。
その言葉に、サイファーがぴくりと反応する。
「ゼルのために飲んで。」
セルフィが、プシュッと音を立てて瓶のふたを開け、再びサイファーの前に差し出した。
サイファーは俯いたまま眼前に出された小瓶を音もなく掴むと、顔を上げグイッと煽って中身を飲み干した。
サイファーの口から、飲みきれなかった液体がこぼれる。
そうして、持ち上げられた腕は小瓶とともに再び力なく下された。
一部始終を見届けたセルフィは、踵を返して扉へと向かう。
「うち、ゼルは絶対帰ってくるって信じてる。」
力強くそう言って、セルフィはゆっくりと部屋を出て行った。
サイファーは、しばらくすると静かに顔を上げて、セルフィの居なくなった扉をじっと見つめていた。
閉まった扉を見る目の下には、真っ黒な隈が出来ていた。一体何日寝ていないのだろうかと、ゼルは胸を詰まらせる。
よく見るとコートも靴も土埃と泥だらけで、どうしたらこんなに汚れるのかと全身に目をやって気づいた。サイファーの手の中で、俺が洞窟内で落とした、既に時を止めた時計が握られていることに。
俺のこと、探しに行ってくれたのか?俺が呑気に寝こけてる間、何度も何度も…?
思わず近づいて、胸に迫るものを感じる。
暗いせいでよく分からないが、顔色が土気色だった。
不気味なほど生気の無い顔に、無表情が張り付いている。
どうして…
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
サイファーがどうして…?
俺のせいなのか?なぁ、サイファー。
そんなに俺のこと、心配してくれたのか?
出かける前のあの文句も、全部俺の為だったのか?
なあそうなのか?答えろよサイファー!
分かってる。俺の声は、届かない。
俺はそっと、サイファーの隣に腰掛けた。
せめて、そばにいたかった。
「…ゼル」
サイファーが、小さな声で俺の名前を零した。
目の前にいるのに、こんなに近くにいるのに、目線の合わないサイファーの瞳から静かに涙がこぼれた。
自分がこんなに想われていたなんて知らなかったんだ。
俺に構うのも、ずっと質の悪い冗談だとばかり思っていた。
こんなに近くにいるのに、あんたの気持ちが痛いほど分かったのに、どうして俺はあんたに触れられないんだ。
あんたに触れたい、俺はここにいるって伝えたい。
もしかしたら…。
正面に回って、サイファーの唇にそっと口を付けた。
いける。食事が取れたことでもしやと思ったが、唇にサイファーの温度を感じる。
ここに居るって伝えたくて、必死でサイファーの唇を食んだ。
唇に感じる違和感に気付いたサイファーが、そっと口を開いて俺に応えだす。
ぎこちない動きが、次第に馴染んでいく。近くにサイファーの熱い吐息を感じる。
俺の吐息も感じてくれているんだろうか。ここに居るって感じてくれているんだろうか。
ぬるりと口内に舌が侵入してきた。初めての感覚に驚いて、つむっていた目を更にぎゅっと強く閉じる。
必死に口を合わせて、彼の舌を追いかける。ぬるりと舌が絡まって、くちゅりと水音が響く。
そうして幾度も舌を合わせているその時、急に彼の動きが止まった。
何が起こったのかと、口を離して恐る恐る目を開けると、サイファーが普段は鋭い目をこれでもかと大きく開けて、じっとこちらを見て固まっていた。まるで驚いているかのようだ。
俺は突然のことにぽかんとして、同じようにサイファーを見つめるばかりだ。
「お…まえ…」
サイファーから、そういう音が聞こえたかと思うと、突然すごい勢いで体の自由が利かなくなった。
何事かと驚いていた思考が戻ってきて理解する。体全体で抱きしめられていたのだ。
「み、見えるのか?俺のこと?」
俺の首筋に鼻先を擦り付けていたサイファーに、恐る恐る問いかける。
「どこに行ってやがった」
彼もまだ動揺しているのか、会話が噛み合わない。
でも、見えている。
「サイファー、なぁ、サイファー!苦しいって!」
遠慮なくぎゅうぎゅうと締め付ける腕を叩いて、サイファーもこっちの世界に連れ戻そうと試みる。
しばらく声を掛けていると、ようやく落ち着いたのか顔を上げた彼を見ることが出来た。
「ごめん。心配かけて、ごめん。」
まだ半信半疑の彼の眼を見て、確かにここに居ると訴える。
「…死んだのかと」
「俺もそう思った。でも、なんか生きてたみたいだ」
そう言うと、サイファーの瞳が揺れた。
「どこに行ってたんだ」
「体は見えなかったし、声も届かなかったけど、意識があって、でも…」
ここに居た。
そう続けると、そうか。とぼつりと答えが返ってくる。
だが、どうしてこちらに帰ってこれたのだろうか?
もう少しだけ続きます。
いいとこまで書ききりたかったので中途半端ですみません!
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拍手押していただいた方ありがとうございます!
とても励みになりました!
でかい~様コメントありがとうございます!
私も仕事が忙しかったり、生活が変わったりと、二人に萌えてはいるのですがなかなか形にできなくてもどかしい生活を送っております…!
精進不足な小話ですが、楽しみにしていただけてとても嬉しいです。こうやってまだ二人を好きな方がいると思うと感無量です!
暖かい言葉もいただきまして、お心遣い痛み入ります…。
これからも更新していきたいと思っておりますので、またお時間の空いたときに見に来てやってください~!