チキン調教師の朝は早い。

  • 小話さらに続きです


    部屋に着くまでに何人かに同じように話しかけてみたが、結果は同じだった。
    誰一人、俺の存在に気付く奴はいなかった。
    そうしてようやくたどり着いた自分の部屋に、転がるように駆け込んだ。
    勢いよくベッドへと腰かけると、状況を整理しようと頭を抱えた。

    自身にも見えない体。
    誰一人として、俺の存在に気付くやつもいない。
    全ては、モンスターとの戦闘後だ。
    そうして、俺はホワイトアウトして…。

    考えないようにしていた事実に、バクバクと心臓が早鐘を打つ。

    震える手で、ベッドサイドデスクのマグカップを取ろうと試みる。
    朝方ココアを飲んで、そのままにしていたやつだ。
    ゆっくりと、見えない手をマグの方に近づける。
    そうして、取っての部分握る。
    が、掴もうとしたそのマグをすり抜けてしまい(手は見えないが感覚が無いので多分すり抜けたんだと思う)、持ち上げることは叶わなかった。

    そうして、ゼルの予感は確信に変わる。

    俺…死んだんだ。


    ーーーーーー


    もしその姿を見ることが出来る者がいたら、まさにがっくりと肩を落として、
    とぼとぼと表現できる歩調で、ゼルは指令室へと足を向けていた。
    自分の現状は分かった。
    肉体は失ったかもしれないが、少なくとも精神(魂というやつなのか?)は確かにここに存在している。
    これはあれか、地縛霊とか、未練を残した霊が徘徊するとかいうやつなのだろうか。
    そうならば、俺をこちら側に残した《未練》ってやつは一体何なんだろう。

    母さんのこと。ーー未練タラタラだ!一人にさせてしまう。
    仕事のこと。ーー俺の部隊は無事に帰還できたのだろうか?
    友人たちのこと。--みんなともっといっぱい話したかった。
    そうして、任務の行き掛けに衝突した、サイファーを思い出す。
    あいつも俺が死んだって聞いたら、悲しんでくれるかな?
    …無いな。
    いつもの口の端を釣り上げる嫌な笑みが頭に浮かぶ。
    なんかムカッとしてきたぞ…!
    サイファーへのいら立ちに歩みが早くなったのか、意外と早く指令室へとたどり着く。

    なんか、中がザワザワしてるな。
    外から伺うに、何人もが詰めかけてやり取りをしているようだ。せわしない足音と、時折叫ぶような怒号が聞こえる。
    そっとドアを開けると(ドアはなぜか触れたんだ)、指令室は予想通り騒然としていた。

    「すぐに別部隊を再編しなさい!」
    「班員への聞き取りはまだ終わらないのか!?」
    「今一度モンスターの情報を洗い出せ!」

    そうして驚きの言葉を耳にする。

    「ゼルの行方はまだ分からないのか!?」

    ハンマーで殴られたような衝撃だった。
    指令室は今、MIAとなった俺の捜索で騒然となっていたのだ。
    なんとかして俺が今ここに居ることを伝えたい。
    でも、伝える術がない。どうしようも、なかった。
    ただ俺は、皆が作業するのを、見ていることしか、できなかった。

    必死で新規部隊を編成して俺の捜索にあたらせようとしているキスティ。
    医務室へと連絡を取り、悔しそうに顔をゆがめながら現状の把握に努めるシュウ。
    普段はクールな声を張り上げて、情報班へとマイクで連絡を取るスコール。
    そして、悲痛な面持ちで声を張り上げる、サイファー。

    みんな…ごめん。
    ほんとごめん。

    ーーーーーーーー

    どのくらいそうしていただろう、俺は呆然としながら、再び元居た俺の部屋へと戻ってきた。
    残してしまった皆に申し訳なくて、ただただ辛くて、指令室にはいられなかった。
    ベッドへとダイブして、そっと目を閉じる。
    疲れた。
    色々なことがありすぎた。
    もしかして寝たら、このまま成仏してしまうかもしれない。
    それでもよかった。

    ゆっくりと眠気が襲い、俺はそのまま意識を手放した。
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