俺は、今サイファーがガーデンにいないことを心から感謝した。
今あいつに会ったら、平静でいられる自信は全くない。
それもこれも、昨日見た逢瀬のせいだ。
あれ以来、頭の中に彼らのことがちらついて離れない。
しかも彼らは、時折俺とサイファーの姿形に変化して俺の心を動揺させた。
あの後のことは、あんまり覚えてない。
彼らの姿が自分たちに重なってからは、とてもじゃないが彼らがの姿を直視することが出来ず、俺は目をつぶって書架の隙間に隠れ、ただただ甘い声が響くその時間が過ぎるのを待った。
そして、気が付いたら自分の部屋にいたのだ。
どうやってたどり着いたのかも分からないほど動揺していたのだろう。気もそぞろで部屋に戻ったことが伺えた。
部屋に戻っても、とても就寝できるような精神状態ではなく、冴えてしまった目と頭を抱えながら再び眠れぬ夜を過ごしたのだ。
あいつが戻ってくるまで、まだ丸一日ある。その間に、なんとか心を落ちつけたい。
そう活を入れなおし、寝不足の頭をスッキリさせるため、俺は顔を洗うと、朝食を取るために部屋を出ようとした。
「よう」
ドアを開けた先に、サイファーがいた。
「…!!!!」
驚きのあまり、とっさに言葉が出て来ない。
「なんだ?んなに驚いて」
俺のあまりの驚き様に、サイファーは目元を顰めて怪訝な顔をした。
「サ、サイファー!な、なんでいんの!?」
ようやく絞り出した言葉は、自分でも呆れるくらいに震えてた。
「あ?任務が早く終わったんだよ。あの糞オヤジ予定をコロコロ変えやがってめんどくせぇたらなかったぜ」
~~~っ!!!
どどどっどどうしよ!?
動揺しているうちに、俺はサイファーに促されて食堂まで連れ出された。隣を歩くのが恥ずかしくて、ちらりとサイファーを見るとあいつもこちらを見ていたのかビシリと目が合ってしまい、あわてて目を逸らした。
食堂でも俺の動揺具合はひどいもので、受け取った食器を落とすわ、飲み物をこぼすわで、途中から合流した風神と雷神も俺に何があったのかと顔を見合わせていた。
サイファーに話しかけられるたびにビクリと反応して顔を露骨に逸らす様子に(とてもじゃないけどあいつの顔なんか見れねぇよ!)風神がこちらを心配するように見ているのが分かった。
あいつの視線を感じる。顔が火照って仕方がない。
それからも顔を見るたびにあいつを避けまくってしまった。
あいつの呼びかけも何度も聞こえないふりをしてやり過ごした。
チキンとでもなんとでも言いやがれ…!
サイファーを見ると、どうしてもあの光景が思い浮かんじまうんだ。
恥ずかしくて、強烈に意識してしまうのが自分でもわかる。
俺どうしちまったんだろ。
ようやく寮の部屋の前まで戻ってくると、自分のサイファーへの態度の酷さに自己嫌悪する。
もうダメダメだったとため息交じりに肩を落として、部屋へと入ろうとすると同時に、何者かに腕をつかまれてそのまま部屋へと連れ込まれた。
腕の先をたどってそちらを見ると、サイファーがものすごい顔をしてこちらを睨みつけている。
「どういうつもりだ」
掴んだ腕を離すと、そう先制された。
「ど、どういうって…」
唐突な物言いになんと答えていいか分からない。
「てめぇ、あんな露骨に俺を避けといてシラ切るつもりじゃねぇだろな」
「そ、それは」
さーっと青くなった俺の顔を見て、サイファーが確信めいたように言い放つ。
「急に態度を変えやがって。俺が嫌んなったんならはっきりそう言やぁいいだろうが!こんな回りくどいことしなくてもよ!」
語気を強めて言い切ると、近くの壁を力任せに殴る。
俺からスッと視線を逸らして辛そうに眉根を寄せた。
そうして、俺のベッドのふちにボスッと腰を落として、顔の辺りを片手で覆ってしまった。
表情が見えないせいで急に不安が募る。
サイファーのこんな姿を見るのは、行方不明になった時ぶりで、俺はあの時のサイファーを思い出して動揺してしまう。そんなつらそうな顔すんなよ。胸がつぶれそうだ。
「理由くらいは聞かせろ」
何と言っていいか分からずに立ち尽くしていると、彼は静かにそう言った。
こんな傷つけるつもりじゃなかった。
とにかく何か言わなきゃと思った俺の口から、ポロリと言葉が零れ落ちる。
「お、俺、セックス見たんだ…」
サイファーがピクリと反応して、手の隙間からこちらを見たのが分かった。
「男同士で、き、キスして、ハグもしてて、そんで…セックスしてた」
「年齢も俺たちとそう変わらないくらいの奴らで、男同士でもそんなことすんのかって俺ビックリしちまって…」
そこまで言って言葉が詰まってしまったゼルを促すように、サイファーが顔をあげてゼルを見つめる。
ようやくサイファーの顔を見れたゼルが、目を閉じて何度か呼吸を繰り返した後に言葉を続ける。
「あの夜、俺、起きてたんだ」
その言葉だけで、何を意味しているのかを理解したのだろう。
サイファーがハッとしたように一瞬目を開くと、覚悟を決めたように目を細めた。
まるで死刑の執行が迫る囚人のように悟った表情をするサイファーに、俺の心はざわめく。
「あんたが何をしてんのか、その時は全然わかんなかったんだけど…昨日あいつらのを見て、俺、ようやく分かったんだ」
それを聞いたサイファーが、深く息をついて目を閉じる。
そうして一拍おいてから口を開く。
「ああ、そうだ。気持ちわりぃ真似してすまなかったな」
そう言うと、自分の中で納得がいったのだろう。サイファーは目を開いてゆっくりとベットから立ち上がった。
「テメェが俺を避ける理由は分かった。まぁ当然だわな」
だが、と前置きして続ける。
サイファーの強い視線が俺に刺さる。
「後悔はねぇし、間違えたとも思っちゃいねぇ。バレたからには次は遠慮無しでいく。俺に犯されねぇようせいぜい気をつけろ」
普段とは違う、存外真剣な声でそう言うと、サイファーは部屋を出ようとした。
でも俺は彼のコートの裾をとっさに掴んでいた。
彼の言ったことはそりゃあ間違ってない。あの夜はビックリしたし、沢山頭を悩ませた。
でも嫌だったわけじゃなかった。気持ち悪いなんて思わなかった。
それであいつを避けるなんてこと、しない。
そうか、俺がなんであいつを避けてたのか。すごく恥ずかしくて、顔も見れなくて、体が火照って仕方なかったのか。ぐちゃぐちゃだった頭が急にクリアになって、一つの結論へと結びつく。
サイファーは間違ってる。そうじゃない。
俺はもう、その答えを知っている。
「違う、違うんだ。そんな理由で避けてるんじゃない!まだ続きがあるんだ」
上方からなんだとばかりに、じろりと視線が投げられる。
「片方の奴があんたに見えたんだ」
俺の言葉の意味が分からないのだろう、サイファーは歩みを止めて静かに俺の言葉を待っている。
「そんで、だ、抱かれてる子が…お、ぉれに見えた」
ここまで来たら、もう恥らっても仕方がない。どうせこいつの顔を見るのも恥ずかしいのだ。
もう言葉が飛び出すままに任せた。
「好き同士だってわかった。すげぇ気持ちよさそうで、途中から俺たちにダブっちまって、俺、あんたとこういうことがしたいんだって、そう、思っちまった。」
「あんたを見るたびに、想像しちまって、そんで…避けてたんだ」
最後にごめん。と付け足して、俺の言葉はようやく終わりを告げた。
「それは…」
サイファーが信じられないという目でこちらを見ている。
まだ、理解しきれていないのだろうか。瞳が小さく揺れている。
だが体をこちらへ向けると、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その心許なく佇む、自分より一回り大きな体をそっと抱きしめた。
サイファーが回される腕にビクリと揺れる。
その様子がさっきの俺みたいでなんだかおもしろい。サイファーのくせに。
「好きだぜ」
サイファーにくっ付いているせいでくぐもった声になっちまったけど、俺はようやく気づいた自分の気持ちを、外に出した。俺の中に抱えているには、大混乱になるほど大きすぎたみたいだ。
急に体が動かなくなったかと思うと、ものすごい力で抱きしめ返されていた。
サイファーは何も言わなかった。
でもあいつの気持ちが痛いほど分かったから、それでよかった。
ただ、長い時間、俺たちは抱きしめあった。
暖かい体温と、あいつの鼓動がとても心地よかった。
どのくらいそうしていただろう、腕の力がそっとゆるむと、慈愛の色をたたえたエメラルドがこちらを見つめた。
俺はその美しい瞳に目を奪われた。じっと見て初めて知る。まつ毛がすごく長いなぁとか、意外とたれ目なんだなぁとかそんなことを思った。
高い位置にあった顔がサイファーが屈んだのかすっと降りてきて、すこし伺うみたいに俺の顔に近づいてくる。
キスしたいんだってわかった。
吐息がかかりそうなくらいに顔が近付いても逃げない俺に、あいつは噛みつくみたいに口づけた。
昨日見た彼らのように、何度も角度を変えてキスをする。
気持ち良くて、夢中になってサイファーにしがみついた。
しばらくすると、サイファーの舌が俺の口を割って入ってくる。
俺をバニシュから救った時とは比べ物にならないほど熱くて、激しい。
圧し掛かりながらもっと深く交わろうとするキスに、俺はうまく呼吸を合わせられず、プハッと口を離して酸素を求めた。
体が離れたことで幾分か冷静になったのだろう、サイファーが必死に息を整えている俺にちゅっとリップ音をたててキスをすると、耳元に心地よいベルベットボイスを送り込む。
「おまえは俺のものだ」
その心地いい声に、小さく頷いて、俺は再びサイファーに抱き着いた。
おわり
ゼルの気持ち編?完結です。
でもさらにもう少し続きます~!
ここまできたらサイファーにもう少しいい思いをさせてやりたい笑 ので、R18編&サイファーの気持ち編に続きます。
傍若無人なサイファーが辛勝な感じになっているのってすごく萌えるので(ギャップ萌え?)、今回はそんな感じのサイファーにしようと躍起になっています。なぜ今回のサイファーはそんなに大人しい?のかはサイファーの気持ち編で言わせようと思っていますのでまた読んでいただけると嬉しいです。
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拍手ありがとうございます~!
小話書いてる間は、自分が書きたいのもあるんですが、需要あるかなと心配になったりすることもあるので、反応いただけてとてもうれしいです。