チキン調教師の朝は早い。

  • 小説続きですー!

    「断る。絶対に許せない。」

    アーヴァインは強い口調でそう言い放った。
    同時に冷たい視線が相手に突き刺さる。
    「いいからゼルに会わせろ!」
    視線を真正面から受けたサイファーも、一向に引く気はないようで、なお一層口調を強くし食い掛かってくる。
    時折通りかかる学生寮を歩く学生達が、高ランクSeeDである2人の只ならぬ雰囲気に、彼らの言い合うドアの近くを迂回して早足で歩いていく。
    アーヴァインは、自分に向けられるこの強い視線が、一昨日ゼルを辱めたのだと思うと自分の事のように悔しさが感じられた。あの時のゼルの様子を思い出して、とても許せるものではないと改めて心に誓いなおした。


    一昨日の夜遅くに、彼の部屋に訪問を告げるチャイムが一度だけ静かに鳴り響いた。
    既に睡眠に入りかけていたアーヴァインはその控えめな音に、聞こえなかった事にして睡眠に体をゆだねようとした。
    だがドアの外にひっそりとたたずむ不振な気配を感じて、その体をゆっくりとベッドから起こしたのだ。

    「アーヴァイン」

    そこには、塗れたタオルを握り締め、滴る水を拭いもせず、ただただ俯くゼルがいた。

    一気にその眠気から覚醒した。
    「ゼル!?こんな時間に…どうしたのそのかっこ!?びしょ濡れじゃないか!」
    驚きのあまりとっさに肩を掴むと、ゼルがビクリと反応して顔を上げる。
    「アーヴァイン…!俺っ…!」
    ゼルはそれだけを口にして、それより後の言葉は続かなかった。
    再び俯いてしまったゼルの足元に、伝い落ちた水が溜り、静かに広がっていく。
    以降は、アーヴァインが何を聞いても硬く口を閉ざし、首を振るだけで応えようとはしなかった。
    夜中で有ることが幸いし、辺りには誰もいなかったが、いつ誰かに見付かるかも分からない。こんな不安定なゼルを、このままにしておく事などできようもなかった。
    「ともかく早く入って!体を拭こう…!」
    微かに震えるゼルをしっかりと支え、アーヴァインは自室にゼルを招き入れた。
    そうしてその首元に、激しい鬱血を発見してしまう。

    夜更け。
    全裸。
    大雨に降られたかのようなずぶ濡れの有様。
    ゼルの挙動不審。
    そして首筋の鬱血。



    「ゼルに何したか言ってみなよ」

    怒りを必死に抑えようとする静かな声がアーヴァインから発せられる。
    「レイプしたんでしょ?」
    それはサイファーに向けて、はっきりと言い放たれた。
    向けられた方は、いつもより眉間にしわを深く寄せる。
    「格闘家のSeeDを押さえ込めるのなんて君くらいだ」
    「最近、やたらゼルにちょっかい掛けてたし、ゼルを探しに来た事でピンときたよ」
    一節一節をかみ締めるように、アーヴァインが言葉を刻む。
    「ゼル、誰ともつきあってないのに首にキスマークがあっておかしいと思ったんだ」
    「翌日の微熱と、お腹の調子が悪かった事で確信したよ。君だろ?」
    それまで静かに話を聴いていたサイファーが、それを肯定するように口を開いた。
    「テメェには関係ねえ」
    「いいや、あるね。少なくとも僕の部屋に駆け込んでくれるくらいには友人やってるんでね。見ぬ振りはできないよ」
    少しの時間も置かずに即答し、サイファーに詰め寄る。
    目と鼻の先に詰め寄られたサイファーは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それでもまだ諦められないのか自分の主張を通そうとアーヴァインを睨み返した。
    「いいからゼルに会わせろ」
    「断る。ゼルが落ち着くまでは絶対に会わせられない。ゼルの友人としては永遠に会って欲しくないけどね」
    最後に一つ皮肉を付けて、そうして最終通告が放たれる。
    「いつまでここに居てくれても結構。でも僕は絶対に譲らないよ」
    普段の優柔不断さを一切見せないその姿勢に、サイファーも渋々折れるしかなかった。
    「テメェ…覚えてろよ」
    そういい残して、サイファーは廊下の奥へと消えていった。


    熾烈なプレシャー合戦を制し、ようやく部屋に戻ったアーヴァインに、明るい声が掛けられた。
    「誰か来てたのか?」
    ゼルが、ベッドから体を起こしてこちらを見ているのが分かった。
    「ん?ああ、起こしちゃった?クリーニングの配達の人がね、荷物明日になるってさ、それより体は大丈夫?」
    何事も無かったかのように話を反らしてサイファーの存在を伏せる。当然のようにゼルは一向に気付かない。そういう少し素直すぎる所が彼の長所でもあり、友人として心配でも有るのだ。この警戒心がもう少しあれば、今回のような事が無かったのではないかと、アーヴァインは静かに悔やむのだ。
    「ああ、うん。もう、大丈夫」
    「心配かけちまったな。ほんと、何でもないんだ」
    そう言ってゼルは笑って見せるが、素直な彼が作る嘘の笑顔を見抜けないアーヴァインではなかった。
    少しお話しようか、と前置きをして、ゆっくりとゼルの傍に近寄って、ベッドのふちに腰を掛けた。
    「ゼル…こっち見て。何でもなくなんかないよ。僕の友人の大事なことだ」
    アーヴァインはゼルをまっすぐ見詰めながら、言い含めるようにゼルへと声を掛ける。
    「……」
    ゼルもこちらの言いたいことは分かっているのか、本当は言わなくてはと逡巡しているようだ。だがやはり、言い辛いのだろう。
    当然だと、アーヴァインは思った。
    「言わなくてもいいよ、大丈夫。何があったか、なんとなく、わかるから」
    「そ…か。」
    それを聞いてほっとしたのか、ゼルの肩の力が抜けるのが分かった。
    「男も女も関係ないんだよ。合意が無ければ犯罪だ」
    直接的な表現を避けて、ゼルへと説き伏せるようにやさしい口調で語りかけた。
    「辛かったね?もう大丈夫」
    そういって、いつものように穏やかに微笑んだ。ゼルの脅威はもう去ったのだ。
    だがゼルは、ベッドの上の一点を見詰めたまま、静かに口を開いた。
    「アーヴァイン」
    そう一言いうと、何かに耐えるように目を閉じて続けた。
    「…無理矢理じゃ、なかった」



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