黄昏の閃光のごとく 渚にて

  • 最底辺のポートフォリオ(2)

    この本を読んで、思った事を記録している。

    1、無利子、無担保でのファイナンスが貧困層の中では多い。
    2、信用を担保にしていると考えてもいい。
    3、身近な人からの借り入れ(雇い主、家主、親戚、友人、知人)
    4、ある者には、貸し、ある者からは、借り。の双方向での貸借。
    5、けっして、借りているだけという状態ではない。(貸し借りが存在する。)
    6、安全性をもファイナンスの条件に入る。(これが最大かも)
    7、安全性の為に有利な利率や投資を犠牲にすることも多い。
    8、流動性が少ない物(家畜、穀物)の緊急時の為の備蓄もファイナンスの一部(この為の借り入れもある。)
    9、信用と安全が保たれる貸し主への返済を第一としている。(次回借り入れの為に自分の信用を高める意味もあり。)
    10、安全性の為に貯蓄する為に逆に利息(保管料)を払うことも多い。


    日本でも過去、無尽や頼母子講が地方では盛んであった。
    現在も無尽や頼母子講が残っているのは、群馬、山梨の一部、愛媛の今治、沖縄全域くらいなものである。

    信用というのを最大の担保に
    月掛けでお金を数人から十数人で集める。利息は入札や0でも集めた金額が10人なら10万という
    まとまった金額になる。
    車検や病気入院、子供進学時の補填、小さな商売の元金として生かせる。
    (私の知っている最大の規模では、月10万を30人集めていた。300万である。中小零細企業の
    運転資金にも十二分にこの規模では対応出来る。)
    現在の利息がほぼ0に近い経済状況下では、利息よりも
    集まる資金規模に私は注目している。
    無担保での融資である。そしてその資金規模は、地方の零細企業なら十二分な規模である。

    無尽や頼母子講があった時代は、収入額も収入時期も不安定な時代であった。
    とすれば

    これからの時代に再度、システムを構築し直すことにより
    日本の中流以下の資金需要に十分対応出来るのではないか。
    そして
    それは、相互扶助や日本の民族性(協調、共同行動、秩序)に十分合うのではないだろうか?。
Copyright © Textt / GreenSpace