インベントリ・リサーチ研究日誌

  • オオモモエグリイエバエ採卵成功(2010,Oct.,20)

    失敗したと思われていた・・・(以下後で編集)
  • オオクロバエ2齢幼虫標本作成(2010,Oct.,Oct.,19)

     未明にオオクロバエ幼虫が2齢幼虫としてほぼ成長しきったので、水中窒息から固定液というコースと熱湯固定から固定液というコースといういつもの2通りのルーチンにて標本にする。

    【オオクロバエ2齢幼虫側面】


    【オオクロバエ2齢幼虫前方気門とそこから発する気管系】


    【オオクロバエ2齢幼虫前方気門とそこから発する気管系を背面から見る】


    【オオクロバエ2齢幼虫後方気門】


    【オオクロバエ2齢幼虫頭部腹面】
  • オオクロバエ1齢幼虫標本作成(2010,Oct.,17)

    【オオクロバエ雄成虫(千葉県習志野市にて採集)】

     未明、ミヤマクロバエに遅れて産卵したオオクロバエの1齢幼虫がほぼ最大サイズに達したので水中で窒息させてカールス氏液固定へというコースの個体10、熱湯固定後、さらにカールス氏液固定というコースの個体10標本作成。中には2齢幼虫の前気門が1齢幼虫のクチクラを通して透けて見える個体も出てきているので、タイムリミットぎりぎりだった。水中窒息させている個体は、朝になって固定前に透過光で気管系の画像を撮影。

    【オオクロバエ1齢幼虫(気管系を落射照明+透過照明で撮影)】

     ハエの幼虫の体は見かけ上、頭部1節、胸部3節、腹部8節の合計12節から成っている。このうち最後の第12節(第8腹節)に大きな1対の後方気門が開き、第2節(前胸節)に掌状の薄板の姿をした1対の前方気門が開く。そして後方気門と前方気門は非常に太い1対の気管で連結されている。但し、ここに図示した1齢幼虫ではまだ前方気門は存在しておらず、将来前方気門に終わるであろう2本の太い気管はすっと細くなって終わっている。

     双翅目の中でハエ(短角亜目環縫群)というグループが分岐した時の共通の祖先が持っていたであろう形質は、咽頭部の微生物をろ過して摂食するフィルター構造である。つまり彼らは湿ってじめじめした微生物の繁殖している場所に潜っていき、微生物密度の高い場所にアクセスしなければならない。特に微生物密度の高い場所、というのは有機物が分解しつつある場などに形成された粘性の高いバイオフィルムであろう。こういう場に体を突っ込んで生活するのに適した構造を持っているのがハエの幼虫、即ち『蛆虫』である。

     蛆虫はスラリー状のバイオフィルム、或いは嫌気性のバクテリアのうようよとした半液体状の腐敗物に体の大半を埋没させ、そこにいるバクテリアなどを濾過摂食しながら切断されたような平面状の尾部だけを空気中にさらして生活しているものが多い。ガス交換はこの平面上に開いた後方気門のスリットからだけ行われる。前方気門の役割に関してはある仮説を持っているが、ここでは秘す。

    【オオクロバエ1齢幼虫(気管系を落射照明で撮影)】


    【オオクロバエ1齢幼虫尾部拡大(気管系を落射照明で撮影)】


     上の画像では後部気門から伸びる太い気管と、そこから斜め下前方に分岐していく細い気管がはっきりと観察できる
  • モエレ沼汀線双翅目調査(2010,Oct.,16)

    さて、もう日付が変わってしまったので今日、というわけにはいかなくなった。昨日の土曜日、10月16日の夕方、札幌市モエレ沼公園の外周を取り囲むモエレ沼にて湿地性のハエ類の調査をしてきた。

    先日の連休の最終日、10月の11日に軽く予備調査をしてどうやらミギワバエ科、イエバエ科のカトリバエ類、アシナガバエ科、といった水際の湿地の泥の上や、そこに発達した植生の上をハビタートとする小型のハエ類が豊富らしいと目をつけてあったので、今回は本格的に調査をしに来たというわけである。

    前回の予備調査では、ミギワバエ科ではParacoenia (Paracoenia) fumosa, Scatella obsoleta の2種。ミギワバエ科には和名がついていない種が多いのであるが、後者には和名がつけられており、ハマダラミギワバエという。文字通り翅がぼんやりと薄い褐色に着色しており、そこにネガフィルムの画像の透かし絵のように、5つの透明な丸い斑紋が抜けて見える。
    【Paracoenia (Paracoenia) fumosaの雄】


    【Scatella obsoletaハマダラミギワバエの雄・翅の前縁脈第一区画が著しく肥厚している】


    【Scatella obsoletaハマダラミギワバエの雌】


    イエバエ科はエゾカトリバエらしいのだが、雌個体1個体で決め手がはっきりしない上に胸部盾板の背中剛毛(ac)式が1+4で、エゾカトリイエバエの2+4と異なる個体が採集されていた。また、厳密に言うとアブ類なのだがハエ類に系統的に非常に近いアシナガバエ科はRhaphium sp. の雌が1個体採集。この仲間は日本ではまだまだ分類学的研究が進んでおらず、まだまだ未記載種ばかりというのが現状。属まで落ちたというだけで満足しなければならないのが現状。
    【カトリバエの一種♀】


    【カトリバエの一種の産卵管・水辺の泥を掘って産卵する行動に適応して熊手状の形態をしている】


    ちなみに、ミギワバエ科は基本的には泥の表面に繁殖した珪藻や藍藻などの藻類、或いは環境によっては硫黄細菌のような湿地に生息するバクテリアのバイオフィルムを食物としている。前回の予備調査において採集された2種も、形態から考えてこうした生活の種と考えて間違いないだろう。ただ、この科は捕食者など実に様々な生活型に適応放散している非常に柔軟性の高い科でもある。

    残りの2種は何れも捕食性。アシナガバエ科は微小昆虫を捕食しているが、カトリバエは泥の中からユスリカの幼虫を引きずり出して捕食したりもする、より力強いハンターと言えそうでもある。
    【アシナガバエ科の一種・厳密にはアブの仲間だが、比較的ハエの仲間に近い】


    さて、今回の調査だが、半ば期待していたミギワバエ科の Octera japonica が多産することが判明した。和名をニホンカマバエという。かつてカマキリバエと呼ばれたこともあるが、この和名がユーラシア北方に広く分布する Octera mantis に付せられたものであり、また日本列島北部に分布するこの個体群がつい最近まで O. mantis と同じものだと思われていたのが実は別種であると判断されるようになったため、日本北部のものに改めてニホンカマバエの和名が付されるようになったものである。


    カマバエ、カマキリバエの和名、mantisの学名から察せられるであろう様に、このOctera属のミギワバエの前脚はあたかもカマキリの前脚の鎌のように特殊化している。ということは即ち彼らは獰猛な捕食者であることを意味する。
    【Octera japonicaの雌・前脚が鎌状の捕食装置になっている】


    先にミギワバエ科は泥の表面の藻類という牧草を食む牛や羊の群れのような存在であると書いたが、同じミギワバエ科でありながらOctera属はキツネかオオカミのような存在なのである。

    さて、これでモエレ沼の岸辺の泥の上やそこに繁る湿地性の植生の上には、ミギワバエ科のニホンカマバエ、イエバエ科のカトリバエの一種、アシナガバエ科(複数種)という組み合わせで捕食性のハエ類が活動しているらしい見通しが(晩秋という季節に限定されているとはいえ)ついてきた。さて、彼らはどういう種間関係をこの汀線環境で構築しているのであろうか。

    ※関連文献検索結果

    ミギワバエ科Paracoenia属に関するもの

    1.Brock, M. Louise, Richard G. Wiegert, and Thomas D. Brock. 1969. Feeding by Paracoenia and Ephydra (Diptera> Ephydridae) on the Microorganisms of Hot Springs. Ecology 50(2):192–200. [doi:10.2307/1934846]

    Abstract:Adult and larval ephydrid flies feed upon the microorganisms which colonize the effluents of hot springs, whereas the dolichopodid flies associated with them are not consumers of microorganisms, but are predators. Field observations were confirmed by radio—active isotope experiments differential extraction of radioactivity and assay of chlorophyll and proteins show that C14—labeled algae and bacteria are consumed and assimilated by the ephydrid insects. The natural history of these insects and their possible role in mineralization is also discussed.

    訳:ミギワバエ科の成虫および幼虫は、温泉排水で繁殖する微生物を摂食する。その一方で、アシナガバエ科のハエは、微生物食者としての適応を成し遂げていないが、捕食者である。野外観察は放射性同位体による放射能の示差抽出(differential extraction)と、クロロフィルⅡとタンパク質がC14でラベルされた藻類と細菌を消費し、同化したミギワバエを分析することで、裏付けられた。3種の昆虫の自然史とそれらの石灰化に果たすであろう役割に関しても論じた。

    http://www.esajournals.org/doi/abs/10.2307/1934846

    ※温泉における石灰化に微生物食のミギワバエが影響を及ぼすという点が非常に興味深い。石灰化自体に微生物が与り、それを微生物食のミギワバエがgrazingによって制限しているということなのだろうか。

    2.M. G. Krivosheina and L. E. Lobkova. 2006. The first record of the shore fly Paracoenia fumosalis (Diptera, Ephydridae) in the Palaearctic region. 86(9):1105-1107, [doi: 10.1134/S0013873806090119]

    Abstract:Paracoenia fumosalis Cresson previously known only from the USA and Canada is recorded in the Palaearctic Region for the first time. The adults were collected near a thermal hydrosulfuric spring in the Geiser Valley in Kamchatka. A key to species of the genus Paracoenia occurring in Russia is given.
    訳:これまで合衆国とカナダからのみ知られてきた Paracoenia fumosalis Cresson が、旧世界から初めて記録された。成虫はカムチャツカのGeiser Valleyにある硫化水素質の温泉近くから得られた。ロシアから得られているParacoenia属の種までの検索表を示す。

    http://www.springerlink.com/content/q54h665x51445112/

    ※上記URLに示された論文第1頁サンプルにP. fumosaの生態に関して詳しく解説した2段落があるので引用。

    Only one species of the genus, P. fumosa, was recorded in Russia. Tins species is common and widely distributed. It was found nearly everywhere over the entire territory of Russia from the European part to the Far East ( Krivosheina, 2001).

    Adults of P. fumosa occur on shores of water reservoirs of almost all types: fresh and salt water ( including sea), mineral, sulfuric, and thermal springs, where the insects are well noticeable at a shore line or on accumulations of floating algae. These dipterans have acclimatized to the reservoirs polluted with oil product, fertilizers, and sewage of various origin; therefore, they occur nearly everywhere.

    訳:Paracoenia属の中で唯一、ロシアから記録されていたのが P. fumosa である。これは普通種で広く分布する。ヨーロッパロシアから極東ロシアまでロシア国内のほとんどどこからでも見つかる( Krivosheina, 2001)。

    P. fumosaの成虫はあらゆる種類の水際に出現する:淡水にも、塩水にも(海洋を含む)、鉱水、硫黄質、温泉、流れ藻の堆積で注目すべき昆虫がいるような海岸。このハエは石油産物、肥料、多様な起源の下水によって汚染した水域にも順化してきた。それ故、このハエはどこにでも出現するのである。
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