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  • 洗いざらしの暮らし


     クリスマスだからといって、何か特別なことをするわけでもない。その上今年はお互い仕事が立て込んで、週末になって漸く会えた始末。休日出勤させられた仕事の帰りのくたびれた姿のまま、駅前のファミレスで待ち合わせをした。
     眠そうな店員に案内され、席に座り適当に夕食を済ませながら、お互いの近況報告を一通り。安さと二十四時間オープンが売りのファミレスの、人もまばらになった時間、窓際の一番奥の席での即席ディナーは笑えるぐらいお粗末なものだったけれど、結局のところ、お互いが居れば何だってよかった。
     食後の珈琲を啜りながら、途切れた会話の間にフレンはユーリに目線を向ける。目の前の道路を流れる車のヘッドライトを見つめながら、どこか遠くを見るユーリは緻密に作られた彫刻のように美しかった。何年も一緒に居るはずなのに、何年経っても色褪せることなく胸に広がる感動は、フレンに底知れぬ幸福すら連れてくる。この綺麗な人を、誰よりも一番近くで眺めることが出来る喜び。あまつさえその肌に、唯一触れることが出来る優越感。
    「ユーリ」
     密やかに落とした名前に、夜色の瞳がこちらを向いた。何、と少し首を傾げるユーリに、にこりと笑いかける。手を出して、と言った言葉に素直に差し出されたその手首に、箱から出した腕時計を巻いた。シンプルな色とデザインのそれは、少し前にクリスマスプレゼントとして用意したものだった。当日に渡すことは出来ず、漸く渡すことが出来た場所さえ深夜のファミレスという雰囲気もへったくれもないものになってしまったが。
    「指輪を贈ろうか迷ったんだけど」
    「……」
    「そういうの、君は嫌いだろ?」
     普段でも使えるように、身に付けていても不自然にならないようにと考えながら選んだ時計だ。文字盤の上の硝子をそっと指でなぞってから手を離す。
     自分の手首に巻かれたそれをじっと見たユーリは、普段よりも少し緊張したような表情で、何かを言おうと口を開いたが結局何も言わずに息を吐いた。そんなユーリの反応に、胸の中を這い上がってきたのは不安だった。沈黙が痛い。
     店内を流れる緩やかな音楽が耳に入り、耐え切れずに名前を呼ぼうとした時、ぽそりと呟かれた言葉にフレンは目を瞬かせた。
    「別に、指輪でも良かった」
    「え?」
     手を出せ、と言われた言葉に、素直に従う。スーツのポケットに無造作に手を突っ込んだユーリは、広げた手の上に手に持ったものをぽとりと落とした。思ったよりも軽い重さと、ひんやりとした金属の感触。少しの予感と共に手のひらを見ると、小さな鍵が照明を反射して、鈍い光を放っていた。
    「ユーリ、これ」
    「うちの、合鍵」
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